第39話:龍を墜とす者
「次ィ! 三時の方向―――龍の右下だァ!」
「分かりました!」
「キヘイには!?」
「こっちは勝手に飛び回る! 自分らの大将だけ心配してろぉ!」
相変わらず、声だけは大きいですね。
どれだけ激しく戦っていようと、ハッキリ聞こえますよ。
私の一族の戦士は、二手に分かれ。
一方は、空中へと障壁を多重展開。
力の長が場所を指示し。
キヘイと私は飛び回る。
……我らは翼を持ちえませんが。
足場を魔術で用意する事により、何とか空を飛翔する炎龍と戦える。
我らの作戦は非常に単純で。
私とキヘイが龍の翼を断ち、龍が墜ちた所で。
全面の、短期決戦。
翼が癒えるより前に。
その命を完全に断つ。
双爪と牙を振りかざし。
巨大な身体をしならせ。
破壊の焔を放ち続ける炎龍に、既に戦闘不能へ追い込まれている者も――死者も、多く。
「―――ォォォォォオオオッ!!」
巨大な
凄絶な迄の物量でもって放たれる、烈火の大波。
厄災はここに有りと。
新たな犠牲者を求め、喰ららんと、炎龍は長き尾を巻く。
巨大な焔の波が視界を塞ぎ。
全てを、飲み込まんとする。
「「ヒイイイイイィィィィィ!?」」
対抗手段の魔術を持たず。
鈍重なる者たちは、迫る炎波に、ただ
護るのは、仲間の役割。
「――暴れるな! 死ぬぞ!」
「だってよぉ!!」
「……ッ………! ――秘術を持つ長には、到底及びませぬが」
「我々も、この程度であれば……!」
えぇ、信じていますとも。
私は、皆の覚悟を知っている。
意思の強固さを知っている。
共に、幼き頃より親から聞かされた物語を……戦士の強さと歌を知っている。
「―――戦士は死せども意志は消えず。主は消えども光は滅せず」
「「……………!」」
「「龍を喰らいて天を支えよ」」
「「冥界を下りて門を開けよ」」
「「天と大地の狭間に生まれ、祝福を拒み流浪を続けよ。共に祝福を受けんが為に、主に祝福を受けんが為に」」
私の声に皆が反応し。
戦闘の大音響により、途切れ途切れにしか聞こえぬ筈の歌を、皆が同時に口ずさむ。
共に並び立ち。
共に歌いながら、障壁を展開し続ける戦士たち。
それを聞き。
恐慌状態にあった者たちは、理性を取り戻し始め。
「あぁ~~! ムシズが走るぜェ!」
「相変わらず、イヤーな子守歌で!」
「これ聞いたとき、いっつも我々が敗走してますからねェ! 俺達も一丁作りますッ?」
間に合わせの回復薬。
僅かばかりの包帯を。
惜しむことなく倒れた者へ使い。
力の一族もまた、我らの為に動いてくれる。
このような連携。
嘗ては、考えられたのでしょうか。
「――――むッ……ぅ……っ!」
しかし、今は。
感慨に浸っている暇などなく。
また、紅蓮の焔が身体を掠め。
また、僅かばかり皮膚が爛れ。
その対価として。
再び、僅かながらにその鱗を裂き、龍の血液が舞う。
黒の鎧がもつ剣の実力は凄まじく。
私もまた、幾筋もの刀傷を刻み込み。
確かに疲弊があるものの。
しかし、未だ炎龍は健在。
刻んだ裂傷も。
やがては、治癒されて。
「―――ァァァァァアアアアッ!!」
「次の狙いは、私ですか」
炎龍は、次なる敵を見定めたか。
「……………ッ!!」
片腕に剣の腹を当て、鋭い爪を弾き。
牙の一撃を、続く一撃で迎え。
その奥でちりつく焔。
今この瞬間にでも放たれるであろうソレを予測し、五体を翻らせる。
最早、何度目かの攻防。
「――――ッ――――ぐうぅぅッ!? ―――しまっ……!」
「オオオォォォォォォッ!!」
しかして、判断を見誤ったのか。
或いは、これこそが龍の狙いか。
視界を覆う朱き鱗。
丸太が如き鞭の撃。
巨大な尾の衝撃を、何とか剣で防ぐも。
その威力までは相殺する事が出来る筈もなく、身体の内側が裏返る。
身を内から食らわれるような激痛。
臓が全て破裂したような痛み。
浮遊感は転じ、墜落を感じる。
―――意識が――薄れる……。
……………。
……………。
「―――これは――私は、一体……?」
衝撃は重かった記憶こそあるが。
墜ちた私は、生きている。
あの速度で墜ちて。
未だ、呼吸がある。
「お、起きましたぜ」
「……しっかりしてくだせぇ」
「最強の戦士なんですからねぇ……アンタは……ッ!」
成程。
力の者たちが、受け止めてくれたわけですか。
皆、一様に安心を浮かべていますが。
覗き込む者の一人。
ただ指示を飛ばすだけの男のみが、厳しい顔をしていて。
「――どれ程、経ちましたか?」
「ほんの、数秒……だが。その数秒が、今はかなーりやべェな」
「……………」
私が意識を失った間も。
当然、炎龍はコチラを狙って攻撃していた筈ですが、その全ては防がれ。
しかし。
皆、既に満身創痍。
既に、魔力供給が間に合っておらず。
キヘイの動きにぎこちなさが混じる。
素人から見ても。
およそ、限界は近いようで。
「―――キヘイは。あと、どの程度持ちますか」
「「……………」」
「そのまま動かすのは、先延ばしなだけに論外だが。逆に、命令してフルに動かすなら、一分も持たんな」
……………。
……………。
私でも、マズいと理解できますね。
今置かれた、この状況、全てが。
主に誓いをたて。
彼へと命を預け。
勇んで戦いに身を投じたというのに。
今は、身を寄せ合い。
圧倒的な力の前に、防戦一方など。
「んで。この分だと、作戦通りに、墜として倒すってのは無理そうだ。アレも、失敗しないために高出力を避けて運用してたが、どうせ、もうすぐ燃料も尽きる」
「……では?」
「空中でケリをつけるしかねェ」
しかし……それは。
作戦前の問答で、不可と断じられた結論。
連携の取れぬ空中でとどめを刺すのは難しいと、皆が結論付けた筈で。
「―――可能、なのですか……?」
「すまん。俺が、お前の力を見誤っちまったんだ。……お前なら、出来る」
「「……………!!」」
……………。
……………。
「……ふふ。此度は、いつぞやの誤算は有りませんか?」
「お前次第だな。――頼む」
「………いえ。私達次第――です」
◇
最早、疲弊しきった我々では戦いにもならず。
龍は、仲間が身を寄せ合う防衛壁へと、天より焔の雨を降らすのみ。
大いなる厄災にとって。
我々定命は、その程度。
……
己が自らの肉体で手を下さずとも、片手間に処理できる小さき存在。
「―――とは、考えないで欲しい物ですね」
「……………!」
「矮小な命ほど、追い詰められた時の行動は無謀で凶暴なモノです」
何度目かの空中歩行。
それに合わせ、展開。
最後の障壁魔術。
小さな足場を形成するには見合わない程の魔力を、
命をも消費する程に壁を広げ、私は天を駆ける。
最短距離で龍へ飛び込み。
「この程度の平な攻撃であれば、無いも同じ……!」
放たれる焔の波すらも突き抜け。
私は、大上段から剣を振り抜き。
「―――ォォォォォオオオオオッ!!?」
巨躯へと刻まれる一文字。
鮮血が舞い、咆哮する龍。
「最後の選択は――無想。慎重と大胆を超えた、境地。我ら一族の教訓です」
―――しかし、そこで。
治癒を優先して退る敵を止める事も無く。
追撃、連撃と斬り裂くことすらもなく。
私は、攻撃の手を止め。
そのまま、剣を片手に瞳を閉じる。
今、この瞬間は。
燃え尽きた戦場、全ての音が感じられる。
己の護りを信じ。
焔の熱すらも遠く感じる程に、全てを受け入れる。
……………。
……………。
「おいィィィ! 逃げられたら――」
「……………」
……………。
……………。
話しかけないでください。
私とて、無謀な賭けなど行いたくはなく、命は惜しいのですから。
彼と主へ、この命を預けた身で。
私は、死んでも、死ぬわけにはいかぬのです。
仇敵を逃し、民を厄災の危険に晒すわけにもいかぬのです。
倒さぬわけには、いかぬのです。
……ならば、答えは一つ。
それを成せるは、私の唯一にして最大の奥義のみ。
「オオオオォォォォォォォォォッ!?」
「「……………!!」」
最後に形成した障壁。
それは、足場の為ではなく。
私は、両腕と同調させた魔術を操り、その巨躯の上空へソレを顕現させていた。
深い傷を癒す為。
我々が届かぬほどの上空へ飛翔した筈が。
巨大な障壁に阻まれ。
飛び立つ龍は止まる。
今、この瞬間こそ。
敵が自ら逃げ場を無くしたこの瞬間こそが、千載一遇となる唯一の好機。
「―――ロイドッ! 最後の仕事です! キヘイに、全力で翼を切り離させてください!」
「おい、殿を付け――チッ! 承ったよ!」
墜とすというのは、当初の作戦通りですが。
今、翼を斬り落としたところで。
龍が地へと墜ちる以前に。
すぐ、再生するでしょう。
しかし、その再生までの一瞬。
今は、その刹那の時間だけで、私にとっては充分。
まだ行けると、戦友に託され。
己を再定義した今ならば……!
私の目にも霞む速度。
およそあり得ぬ速度で突き抜けた鎧は、空へ固定された炎龍へと肉薄し。
「――――グアアアアアアァァァァァァァッ!!」
その剣が、大気を裂く。
正確無比な一撃が走り。
過負荷とも思われる全力の一撃が、巨大な両翼を斬り裂く。
「「………あッ……!?」」
「―――クソがッ! 浅かった!!」
が、しかし。
力の者たちが、声にならぬ悲鳴を上げる。
片翼を半ばに断たれ。
遂にもう片翼を断たれかけた龍は、強引に動きを捻り。
未だ、両翼が繋がったまま。
痛みに、絶叫の咆哮を奏で。
対して、黒鎧は。
その機能を完全に停止させた事で、力なく地上へ墜ちていく。
暫定の勝者は、確定的で。
「―――角のォ! 頼むッ!!」
「―――えぇ……! 問題―――ありません――――ッ!」
キヘイは、充分過ぎる働きを見せてくれたのです。
後は……
我々も満身創痍は同じですが。
それは、炎龍自身も同じ事で。
最初こそ我々のみを狙っていた筈の攻撃は、一帯全てを焼き尽くさんばかりの範囲で地上の戦士たちへ降り注ぐ。
龍が冷静だったのなら。
一点集中に壁が穿たれ。
およそ、勝負は決まっていた筈ですが。
我らにとっては、その慢心こそが僥倖。
その強大な攻撃に幾度となく灼かれ。
周りから崩れていく障壁は、そのまま彼等の命の残り時間。
「……カ……ハッ」
せり上がった血を吐く。
……徐々に薄れゆく意識。
龍をその場へ縫い付け続ける魔術は、肉体へ多大な負荷を掛け。
代償となる血肉は、凄まじい速度で損傷し。
しかし、この五体に感じる凄絶な痛みでさえも、意識を繋ぎ止めるには不十分らしく。
「―――ぐぐっ――ぐぅ……ううぅぅぅぅ……ッ!!」
大空へ逃げんとする炎龍。
それを繋ぎ止める為。
天の障壁へ力を
腕が潰れていくのを感じる。
肉の隙間から血が噴き出す。
天の障壁を解けば、龍は我らの届かぬ天へ飛び立ち。
天の障壁を解かねば、私は動けず。
その巨大な翼を断つことは、決して、二度と叶わない。
まさに、八方塞がりというモノですが。
今、意識を失えば。
皆の命が燃やし尽くされるより前に。
身を焦がすような痛みを感じる暇もなく、一足早く、楽に息絶えられるのかもしれませんね。
私が意識を保っているのは。
ある、一つの拠り所ゆえで。
己の唇を千切れんばかりに噛み。
圧し掛かる重みに耐えながら、私は己が怨敵へ言葉を送る。
「―――炎龍――よ。存じて、いますか? 彼の、諦めの、悪さを……!」
或いは、仕事から逃げ出す為に。
或いは、誰よりも怠けるために。
知恵を限界と絞り。
最後の最後まで、目の前の理不尽に心より抵抗する。
戦いにおいても。
敗北を認めないという一点において、彼は無敵。
「私も、彼を見て――存分に殴られ。打ち所が悪かったのか、非常に、非常に、諦めが悪くなってしまったようなのです……ッ!」
一瞬下を見れば。
今にも消え入りそうな、灯火と化した守り。
焔の海に削られ。
崩れゆく大障壁。
このままならば、決して死は免れず。
「……………」
気付けば、私へと瞳を向ける炎龍。
その貌は、薄ら笑うように見えて。
勝ちを確信しているように見えて。
私自らの命と。
彼等仲間の命。
そのどちらを取るかを迫っているのでしょう。
―――仲間を、助けないのか……と。
言葉を介しているのかは、分かりませんが。
さも、そう言いたげですね。
「では、こう言いましょう。―――私の仲間たちを、甘く見過ぎです……!」
「……………ッ!!」
見てきたのは、私だけでなく。
仲間たちもまた、それを存じているのですから。
彼の持つ諦めの悪さを。
存じているのですから。
彼が諦めるわけがないと分かっているのですから、我らが諦めるわけもない。
「えぇ……! 本当に、その通りで!!」
「我々を、忘れないで頂きたい」
「支龍への怨恨は、我々も同じなのですよ? ―――炎龍ぅ!!」
真横を、閃光が幾重にも駆け。
青白く揺らめく剣閃が、天へ向かって走る。
幾筋の光が、空を駆ける。
私の誇る仲間たちが、いつしか守りを捨てて。
火焔に、身体を灼かれながら。
巨大な翼へと、剣を走らせる。
自信の力量を自覚し、次なる仲間の攻撃を信じ。
己のみで断ち斬るのではなく、そのきっかけのみを作り、次へ、次へと託し、己は墜ちていく。
一撃……二撃……三撃。
再生し、辛うじて繊維の繋がり始めた翼が。
鎧の一撃を受けきり。
繋ぎ止めた筈の糸が。
一筋―――また一筋と、断ち切られ。
ようやく。
千切れた。
「オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!?」
龍が、墜ちていく。
再生は一瞬ではなく。
地へと墜ちる前には再生するでしょうが―――それを待つ必要すらも無く。
「―――墜ちたァァァアア!!」
「決めてくれェ!」
「「長ァ!」」
「―――決めろォ! エリゴスゥゥゥ!!」
魔力が完全に欠乏し、底をつき。
潰れた腕は剣を握る事も難しく。
もはや、薄れゆく意識の中。
何十万、何百万と繰り返した反復の動きのみが、今は唯一の頼りで。
己が握る素晴らしき剣に。
白刃へと、私の残る力を。
刃を魔術で広げることは出来ない。
延長しても、宿りし滅殺の効果までは延長できないから。
「―――全ては―――我が技量のみ――――ッ!!」
墜ちていく龍を見送り。
その背を負い、墜ちる。
最早何処へ逃げる事も敵わぬ怨敵へと、己が全力と、長剣を構え。
武器の持つ本来の延長のまま。
ただ、全てを込め、断ち斬る。
「ガアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!?」
堅牢な鱗が丸ごと抉られ。
高密度の肉が弾け。
長大な龍骨が軋み。
しかし、二撃目を放つ事は叶わず。
私は、今手元に残る最後の膂力――そして、諦めの悪さのみを武器とし、ひしゃげた腕で刃を押し込む。
―――そんな、刹那の間に。
『―――ヤメロオオオオォォォォォォォォォォッッ―――――ッッ!!?』
何かが、響いた気がした。
しかして、そんな雑音で。
この一撃が鈍る筈もなく。
「―――これで……ッ! 墜とす……ッ!!」
龍骨が砕け散る。
刃が通り抜ける。
朱に彩られた視界が開ける。
長剣に感じていた巨大な圧力が、全て――すべてが抜けていく。
―――無論、自身の意識も、抜けていく。
……………。
……………。
巨大な地響きが耳へ届き。
私は、一瞬の失神を経て、今一度意識を取り戻すも。
「……………グゥッ……はぁ……はぁ……!」
潰れた両腕以外は。
五体満足のままで。
熱い地面へと横たえられた状態で、皆に囲まれていて。
私が振り返れども。
倒れ伏した巨体は。
―――二度と、起き上がって来る事は無く。
……………。
……………。
「―――龍の頸を、両断………はははッ……マジかよ」
「伝説の一幕、ですなぁ」
「流石は、我らが長」
「防壁の恩は、二度目の救援でチャラな」
「アリだな、それ」
……そして、今更ながら。
仲間と共に視界に映るのは、一切が燃やし尽くされた地獄。
当然、その地獄の中で。
傷を負っていないものなどなく。
面影すらもなく、この場に居ない者すらもおり。
その一瞬だけ、私は瞳を閉じ。
しかし、己は戦士であるが故。
再び、剣を支えに。
焼け爛れた大地より、背を起こす。
「―――これから、どうするので……?」
「まずは、都市へ戻る」
「「……………」」
「俺はともかく、手負いのお前等が戻って、どう役立つかは知らんが。安全かの確認は出来るしな」
「……だが―――まぁ……」
「ちょっと休むぞ、角の」
「えぇ。賛成です、力の」
先程とは、呼び方が……いえ。
アレも、
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