第10話:適応するもの




 堅牢な外殻を持つ相手には、一撃に重きを置く。

 滑らかで弾力性に富む敵も、一撃で仕留める。



 ―――つまり、脳筋だ。



 走る剣閃――否、斧閃。


 駆けあがり脳天を割る。



「―――ァ――ァァ……」



 断末魔をあげ、倒れ伏した魔物。


 それを前にして、少女は。

 怯えでなく感嘆に息を漏らす。

 どうやら、本当に血を見る事に対する忌避感はないようだな。



「あんなに大きい……わぁ。――ラグナ…凄い」

「そうだろう? 私は強いんだ」



 この程度ならば、朝飯前と。

 

 斧やその辺の石で仕留めたわけだが。


 鱗がない種類で良かった。

 硬さ自慢を今の装備で倒すのは骨。

 不測の事態に備え、魔力も出来る限り温存しておきたいところだし、鉄晶石の斧とは言え、扱いに慣れていない形状だからな。



「辺りには、もういない?」

「……ああ、大丈夫。逃げ出したみたいだ」



 かれこれ、数日が経過して。


 相も変わらず、同じ生活だ。


 寝て、起きて、仕事して。

 仕事、遊び、仕事、仕事。

 そして、また寝る……代り映えのない農民のような生活。


 ………だが。


 こういう生活も、悪くない。

 異世界スローライフって、こういうのを言うのかもな。

 

 美少女と森で出会って。

 生活をたてながらも、気の向くまま、その日を暮らす。



 俺の場合は、どうだっただろうか。



 異世界に突然落っことされて。

 何も分からないままに兵隊に。

 諸共厄災に鏖殺されかけたところで、何故か契約を迫られ。そこからは、休む暇もなく歩み続けた数十年。


 こういう時だからこそ。


 今更のように、考える。



(―――俺の何が……陛下の琴線に触れたんだろうな)



 ただ一人、死んでなかったから?

 それとも、異世界人だったから?


 ……顔が好みだったとか?

 普通に考えれば、二番目なんだろうけどさ。

 


「まあ、良いさ。帰ったら聞けば……って」

「ラグナ?」



 教えてくれるわけ、ないよな。


 それ以前に。


 俺は、帰れるのだろうか。

 一度目が一度目なだけに。

 この世界に来た時が突然だっただけに、本当にトリガーのようなものがあるのか、という疑問もある。だが、あの場所に行き、伝説の剣なんてものを触った時、偶然――なんてのは、もっとあり得ん。



「むぅ~~っ! ――ラグナ!」

「ハイ! お呼びでしょうか!」

「考え事しながらの作業は危ないです!」


  

 はい、仰る通りで。

 

 ええと、何を……?


 そうだ、魔物を狩ったところだったか。

 折角の生肉が悪くなったら、それこそ問題。


 今は、目先の欲を追いかけることにしよう。

 


「魔獣さん、どうするの?」

「まじゅ――いや、コイツを捌いて、お肉にする。で、仲良く焼いて食べる」

「……お腹痛くなっちゃうよ?」



 だろうな。

 ちゃんと処理せにゃ、そうなる。


 だが、俺様はサバイバルのプロフェッショナルでね。

 最初こそ爺に森へと放り込まれ、魔物のおやつとして指を食い千切られたりもしたものだが、今となってはおやつにする側で。


 加工方法は、心得ている。



「問題ない。私は、ポンポン痛くならない方法を知っているからね。まあ、ちょっと見ていると良い」



 こんな場所に住んでいるだけあり。

 彼女は、魔物の死骸を見ても特に狼狽えはしない。


 そういう事なら、捌き方の何たるかをその場で伝授するのもアリだと思ってな。

 先ず、必ず最初に血抜きを……。


 血管に直接水を流し。


 魔核石は早々に取りだして。

 大きな血管は全て取り去る。

 血管は魔力を運ぶ回路の一つ故に、濃度が強いからな。


 で、肉をブロックに切り出してから。


 大丈夫そうな部分のみをより分ける。



「――腐らず食べられる分だけ……残りは、まも…魔獣が食ってくれる。これだけあれば、十分だろう」

「……………!!」



 肉を凝視する少女。

 それだけ食ってないな、これは。


 持ってきた布に手早く切り身を包み。


 風呂敷の要領で持ち上げる。



「肉が食いたいかー」

「おー!」

「腹一杯食いたいかー」

「おぉー!」



 良い返事だ。


 肉食に忌避もないらしい。


 じゃあ、昼メシにしようか。

 クッキングタイムの到来だ。




   ◇




「――それで、これが臭み消し…レール。これが香草……クレス。それで――」



 凄い知識だな。

 シオンもシオンで、プロだ。


 持ち帰った肉の調理という事で、多種多様な草を拾っていた彼女。

 数歩歩くだけで回収するので懐疑的だったが、確かにこれは。


 どれもしっかりとしている香草。


 というか、見覚えあるのが多い。


 一つ、口に含み。


 咀嚼そしゃくしてみるが。



「――それは、セリリ。……どう?」

「フム。ちょっと強いな。大味というよりは、植生の問題か?」



 やはり、原種寄り。


 やや刺激強めだな。


 こんな所で、フィーアに習った香辛料、香草類の知識が役に。

 あの時も、肉にスパイス振って食ったからな。


 調理法も習っていれば……。



「――及ぶべくもないが、頑張ってみるか」

「ごはん?」

「そう、ごはん。男の料理を見せてあげよう」



 という訳で、いざ屋外へ。

 

 準備自体は簡単だからな。

 時間が掛かるという問題はあるが。


 その分、旨くもなるだろ。



「ラグナ? 何つくるの?」

「柔らかBBQだな」

「ばーべ?」



 揚げ物とかもよかったが。


 やはり、油が無いらしく。


 魔物の脂肪から絞るというのは、毒素が凝縮されてかなり危うい……俺は良いのだが、シオンに毒など喰わせられるか。


 ゆっくりと、じっくりと。

 歯の無い人間でも美味しく食べられる。


 バーベキューは、偉大な発明だ。

 本場の人間共は本当にうるさくて。


 調理法で何時だって戦争が起きている。



「取り敢えず、ここに穴を掘るじゃろ?」

「ほうほう」



 やるのは、原始的なもの。

  

 地面に、長い溝を掘り。


 底には木炭を敷き詰め。


 さっきその辺で拾ってきた石を打ち金に。

 地下室から拝借してきた金属とで、目に見えない程微細な火花を散らし、火口へ着火。


 

「この状態で火の勢いが収まるまで待ちます」

「うぅ~」



 既に限界か?


 だが、残念。


 地獄はこれからさ。



「勢いが弱くなって落ち着いてきたら、格子状に木を置いて、ようやくお肉だ」

「――おにく!」

「さぁ、ここから十二時間!!」



「……………へ………?」



 おや? 我がお嬢様。


 一体どうしましたか?


 そんな、この世の終わりみたいな顔をして。

 


「―――食べられない……?」

「残念なことにね。じっくりと時間を掛けて炙ることで、歯がない者でも噛めるくらい柔らかくて美味しい肉になるんだ」

「ラグナ、ひどいよ」



 騙して悪いが。

 これも良い食事のためだ。


 我が主人には良いモノを食わせたい。

 ちゃんと舌を肥えさせたい。



「じゃあ、他を作っておこうか」

「……ほか?」

「まだまだ肉はあるからね。そっちを薄切りにすれば、すぐ焼けるし、残りは燻製にもしておきたい」



 今のは、あくまで夜の確保だから。

 残りのモノはすぐできる料理にしてしまおう。


 

「それに、じき良い匂いに引き寄せられて――ホラ」

「あ」


「「…………」」



 来たな、どこぞの村人共。

 さぞ、炙り焼きの香りは暴力的だったとみる。


 風属性は消耗が低く。


 精密操作が取り柄だ。


 昔ながらのうなぎ屋戦法と行かせてもらったよ。



「やぁ、良い天気で。焼肉日和ですね」

「……肉、だと」

「一体どうやって。……いや、それ以前に」



 どうやって狩ったかって?


 脳天かち割っただけです。



「処理の問題がない事は保証しますよ。それとも、肉屋さんが此方に?」

「「……………」」

「……ミードさん」

「――少し、検めさせてもらって良いか?」



 見た目には若いが。

 俺の経験から見て、60は超えてそうなオッサンが出てくる。


 どうやら、専門家だ。


 仕事があるかは知らんが。

 やはり、こういう時代にもいる事にはいるらしく。


 俺の捌いている肉を。


 目を見開いて検める。



「―――これは……完璧な……どうやって?」

「流浪者の基本ですよ、良い肉の捌き方はね。……食べます?」

「クゥッ!?」

「「……………ッッ」」


 

 余程食いたいと。


 が、葛藤がある。


 その根幹にあるのは、恐らく。



「……ラグナ」

「大丈夫、私が一緒にいる」



 彼女へ近づくことを躊躇っている。

 老若男女問わず、誰一人としてシオンには近付いて行かない。

 

 だが、知った事かと。


 彼等の方へ向かって。


 俺は、風魔術の基本を用いて炭火の香りを放ち続ける。



「「―――――ッ――ッ」」



 くくく、一般通過魔族ども。

 

 苦しかろう。


 辛かろうよ。


 ここで貴様らが出来る事など、ただ一つ。

 


「良いさ、サービスだ。一緒に食べていくかい?」

「「!!」」



 別に、シオンと奴等を仲良くさせようとはしない。

 その権利など自身になし。

 俺は、完全な外野だから。

 

 だから、これは後への布石だ。


 俺自身が仲良くなろうってな。


 ただし、ホームパーティーの基本。

 相応の料理は持ち寄って欲しい。



 ―――勿論、一番良い部分の肉は俺達が貰うが。

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