中編「壊した君」



 教室の端から見つめる窓の外。


 今日は一面雪景色で、空からはサラサラな粉雪が視界全体を覆いこんでいた。肌寒さと言ったら右に出るものはないくらいに、乾燥していて喉がキュッとなる。


 そんな寒い日も名物と言えば女子の黒タイツだと、隣で談笑している男子数人が言っていたがこれもまたいつも通り。どうせ、後から委員長が鋭い目つきで注意するに違いないだろう。


「ねぇねぇ、昨日のバラエティー見た!? 私の好きなインディンアンが出てさ、これがもう爆笑で‼‼」


「あー、あれでしょ!! うちもめっさ笑ったわ!!」


「え~~、何それ。私もみたいんだけど~~、てか、今度日葵の家で見せて?」


「仕方ないなぁ~~、じゃあ500円ね?」


「お金取るの⁉ さいて~~」


「ちゃうし‼‼ なわけないし‼‼」


 窓側最後尾の席から、楽しそうに友達と話をしているのは一週間前に僕に声をかけた君色日葵だった。


 大きくて可愛げな綺麗な瞳。

 ぱっちりとしていて、日本人と思えないほどだ。スタイルも良く、胸も大きくて高校1年生にしては発達がいい。彼女自身はちょっと太ったとげんなりしている所を良く見せるが個人的には好きなくらいだし、余り太ったようには見えない。


 そんなところも含め、このクラスのムードメーカーで一人ぼっちの僕からしてみればまさに真反対の存在。


 しかし、そんな彼女はどうしてか、一週間前のあの日を境に気にかけてくるようになったのだ。


「ん? どうかした、後ろ見て?」


「え、いやぁ……なんかね、カッコよくてね?」


「何が……あ、もしかしてクラスメイトが!?」


「ははーーん、どうでしょうね~~」


 ニマニマと自慢げに語る君色。そんな姿に釣られて食いつく友達は楽しそうに、青春を感じているよう。彼女らをあしらいながら指と口で「休み、二階!」と言ってウインクを見せる。


「……」


 急にバトンが回ってきて驚いたが、気づかれないようにコクンと頷くともう一度笑みを溢して向き直る。


 そんな非日常をまさに日常で味わうことで、少しだけ頬が緩んでしまって何度もつねってしまうのがやめられないのは幸せ者なのだろうか。


 午前8時40分。

 チャイムと同時。


「よーし、席に座れ~~、ホームルームだぞ~~!」


 と威勢よく入ってきた先生に起こされて、頬を叩く。小さく破裂音がして、目が覚める。


 そうだ、忘れてはいけない。


 君色日葵に好かれている僕がいいのではなく、僕なんかを気に掛けてくれる君色が優しいだけなのだから、と。女々しさを消して教科書を取り出した。









 12時40分、昼休みの始まりのチャイムが鳴り、疲れたと騒ぎ出すクラスメイト達を俯瞰しつつ、朝に買ったコンビニ飯を手に持ち二階の南階段へ向かった。


 まだ、誰もいない。


 というのも、旧校舎側であるこの階段を待ち合わせにしたのは紛れもない君色なのだが、人目を気にする僕が提案したのだ。人がいないこの場所なら、あまり気にせず話せるし、君色にも迷惑はかけなくて済むと思ったから。


 君色自身は気にしなくてもいいと言っていたが僕の要望でここにしてもらったわけだ。


 そんな階段でサンドウィッチを膝に置き、ぼーっと数分ほど座っているとはやってきた。


「っはぁはぁ……ごめんっ! 遅れちゃった!」


 息切れしそうに息を洩らし、僕を気に掛ける彼女。そこまで急がなくていいのにと声をかけると「いいの、私が気にするの」と一蹴し、すぐに隣に腰を落とした。


「っ」


 あまりにも近くて反射的にお尻をずらしたが、急に動いた僕を見かねて汗交じりのジト目を向けるとその分こちらに近づいた。


「……」


 むっと黙り込み、今度は静かに腰をずらす。

 左肩が壁にくっつき、逃げられないことを悟るとにまぁといじめっ子のそれになった顔を向けながらこう言った。


「————なんで、逃げるのぉ?」


「っ……に、逃げてると言うか」


「という、か?」


「近い、近くて……」


 分かって癖にと思ったが僕が言葉に出すよりも早く、今度は手をドスっと壁に押し付けて逃がさまいとこういう。


「近いの、駄目かな?」


 何を言って——。


「あぁ、逃げちゃだめだよ?」


「ちk、近いから――」


「いいじゃん」


 口角を挙げて言う君色。

 そんな彼女の姿が生憎と昔、僕の事を殴ってきたいじめっ子のように見えて涙が浮かぶ。


 しかし、きゅっと怯えて瞬間。君色の手はするすると元に戻った。


「んまぁ、いじめるのもここまでにしましょうかっ」


「……え」


「ほら、食べるよっ。弁当!」


「ぇ……いや、ぅん」


 今度はあまりに早い引き際で、手が止まったがサンドウィッチを袋から出されて口に突っ込まれてハッとなる。


「だいじょぶ?」


「——だ、だいじょうぶ」


「なら、よしっ」








 隣で楽しそうにお弁当を突く君色を横目に、僕はパクパクと口にする。


「——ねぇ、何で最近。私が声掛けたか知ってる?」


 唐突の問い。

 無論、分からない僕は声も出さずに首を振った。


「ま、そらそうよね」


「……な、なに?」


 あれまと渋い顔をする君色が珍しくて尋ねると、いやなんでもないよ。とそう言った。


「まぁ……なんでかな、どっか魅力的に思ったというか?」


「み、魅力的?」


「うん……いや、やっぱり違うかも」


「……」


「どっちかと言えば弱弱しかったというか、なんかね、昔助けた男の子に似てるんだよね、君がさ」


「助けた……男の子?」


 僕が再び口にすると君色はピクッと眉を上げる。


「——ん、やっぱりごめん。そうじゃないかも、ははっ。何言っているんだろうね? 私」


「……」


「とりま、食べてもどろっか」


 またしても唐突。

 気になる話が終わり、結局その日は何もなかった。




 そして、数日が経ち、テスト期間に入ると赤点回避をしたいとむせび泣く君色に勉強を教えたり、それが終わると彼女が所属するバレー部の大会を見に来てと言われたり、何日も何日も経ち、一か月が経った。


 時には一緒に札幌駅に遊びに行って、2月には雪まつりも一緒に見ることになった。


 出会ってから、何かあるのかなと思っていた君色日葵と言う女の子と過ごして3カ月。


 2月13日。

 一日経てばバレンタインデー。


 そんな日に、僕は呼ばれる。


「————今日、話したいことがあるの」


 気づきもするはずがない。

 君色日葵と言う女の子の真実はこの時の僕には一ミリも想像できないほどに歪んだものだったのだ。





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