4-3


『何者だ!?』

『奴をらえろ!』

 盗賊たちが口々にさけぶ。しかし、しゅんびんに動く乱入者は敵の手をかろやかにけ、そのまま退いて村人たちの前に立ちふさがったのだ。

 銀色にかがやうすよろい。サッとでつけられた黒髪と、透き通るようなあおい瞳。

 ヒヨウ・ザックロー。劇用のしょうに身を包んだヒヨウきゅんが今、舞台に立っていた。

「ウオォー! いいぞザックロー!」

「やっちゃえザックロー様ー!」

 ぼうぜんとする私の周りでねっきょうする観衆たち。程なく、舞台では村長の娘がおどてきて、父親に事のてんまつを話しだした。

『おお、無事だったのか我が娘よ……』

『お父様、もう大丈夫です。領主様が騎士様をけんしてくださいましたわ』

『その通り』村人たちにうなずいて、そして盗賊たちに向き直ってヒヨウきゅんがたんを切る。

『我が名はヒヨウ! 罪なき民をあくらつ非道なぎゃくぞくの手から守るため、この場に参上つかまつった! かくしろ盗賊ども!!』

「「「ウオォォー!!」」」

 ヒヨウきゅんの登場に、なおもかんの声をあげる観衆たち。そうか、満席だったのはこのためか。ヒヨウきゅんがゲストで出演することが知られていたから、みんながこぞって劇を観に来ていたのだ。

 一方の私はあっにとられつつも、顔を上げたままで彼のかつやくを見つめている。ヒヨウきゅんは身体強化の魔法を唱えると、ドンとゆかってがった。そのまま彼は盗賊たちを次々と踏みつけにし、かと思えば、音もなく床に降り立つと目にも止まらぬざんげきで人波をたおした。

 常人ばなれのパフォーマンスに会場のボルテージは上がりっぱなしだ。ヒヨウきゅんは程なくを片づけると、残る親玉らしき大男と向き合う。大男はヒヨウきゅんのせんとう力にひるみつつも、なぜか急に客席を指して大声をあげた。

『待て、動くな! あの娘がどうなってもいいのか!?』

『何……!?』

 その台詞が終わるやいなや、客席に座る私の首元にヒヤリと何かが触れる。いつの間にか私の横にいた細身の男が、突然私にナイフをきつけてきたのだ!

「ひゃっ!?」

『親分、ひとじちはこちらに!』

『でかした! グフフ、さあどうするヒヨウ。よもや民を見捨てて俺を始末するわけはあるまいな』

『…………』

「あ、あわわ……」

 突然の事態に目を回す私の首元に、なおもナイフが押しつけられる。おびえる私を見て悪漢はニタリと笑い、舞台上の大男もほこったように笑った。隣の席では女の子がふるえながらお母さんにしがみついているし、周りの大人たちですら、状況が吞み込めずきょうっている。

 こ、これは、私は、どうすれば……。

『──見捨てるわけがない。そして、俺が敗北することもない』

 ヒヨウきゅんがそう言い切ったしゅんかんだった。

 彼は足元に魔法陣を展開すると、風を切る音とともに跳躍したのだ。せつ、私の横からにぶい音とうめき声が響き、のどもとに触れていたナイフのかんしょくが消える。かと思えば、私の身体はから持ち上がり、声をあげる間もなくヒヨウきゅんにき留められていたのだ!

「うわわわっ!?」

『ご無事ですか、お嬢さん』

 気付けば、私はヒヨウきゅんにお……おひめ様抱っこをされていた。え、いやえっ!?!?!? ……あ、足元にはナイフを持った悪漢が倒れている。そうか、私はサクラの役者さんにからまれて、それをヒヨウきゅんが助けてくれる手はずになっていたのか。いっしゅんで舞台からここまで飛んでくるあたり、流石聖騎士様だねなっとく納得……っていや!!!! お姫様!!!!!! 抱っこて!!!!!!!!

『お嬢さん?』

「あひゃい!! 無事です!! ありがとごじゃいやす!!!!」

『……っふ、フフフ」

 私を抱きかかえながら、ヒヨウきゅんが小声で笑った。それは演技ではなさそうな、恐らく彼の素の笑顔だ。

「楽しんでいただけているようで何よりです。オレは貴女のそういう顔が見たかった……ここのところずいぶんお疲れみたいでしたから。アレクシス様や、『こうりゅう』の奴も心配していたんですよ」

「あ……」

「どうかこの後もお楽しみください、ミレーナ様」

 そこまで言って、ヒヨウきゅんは優しく私を客席に座り直させてくれた。私がホッと一息吐くと、隣からはさっきまで怯えていた女の子が話しかけてくる。

「お、お姉ちゃん、もう大丈夫? 痛いところない?」

「え、ええ、もう大丈夫よ」

「よかったぁ」心から安心した様子で、女の子が胸を撫でおろす。「ヒヨウ様が助けてくれたもんね。カッコよかったね、ヒヨウ様」

「……ヒヨウ、様……」

 ハッと、私は再び顔を上げる。気付けばヒヨウきゅんは再び跳躍して、舞台に戻ろうとしているところだった。

 ──この国では、いっぱんせい・名の名の方を呼び名として使うことが多い。ヴァルガー・アレクシスならアレクシス、グリム・サラマンダならサラマンダというふうに。そっちの方が親しみを込めていて、なおかつ敬意もそこなわないとされているからだ。

 ただ、私は内心ではずっと、ヒヨウ・ザックローのことをヒヨウと呼んでいた。というのは、そっちの方がカッコいいから──というか前世で好きだったマンガのキャラの名前に語感が似てたからなんだけど! ただ、それは今まで口にできてはいなかったのだ。アレクみたいに本人が認めてくれればいいが、ひょっとして不敬と思われてしまうかもしれない……そう思って。

 しかし今、彼は自分から役名としてヒヨウの名を使っている。そして今この場でなら、私は彼を思いのままに呼ぶことができる!

「ヒ……ヒヨウ様あぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」


 好きだぁぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁああああ!!!!!!!!!!


 ▲ジョブレベルが上がりました。


 私が叫んだのを皮切りにして、周りからも「ヒヨウ様頑張れー!!」「負けるなー!!」というせいえんが飛び始める。私がちらと見ると、隣の女の子やおやさんたちも声を張りあげて彼の応援に熱を上げていた。その姿に、さっきまでの恐怖は欠片かけらも残っていない。

 私の心の中でしなびていた花が、精気を取り戻していくのが分かる。

 ああやっぱり、私は今でも変わらないらしい。たとえ心がすり減ってしまっても、『推し』の頑張っている姿を見られたなら、そして彼らをおもって叫ぶことができたなら、私は元気を取り戻せる。というか、それがなくっちゃダメなんだ。今大声で叫ぶためにおなかに入れた力は、きっと明日の私を支えてくれる。アレクやサラくんを、そしてヒヨウきゅん……いや、ヒヨウ様を尊ぶ気持ちが、きっと明日の私の生きる理由になる。

 自分が相応ふさわしいのかはまだ分からないけど、『オーアインの聖女』として、私はまた頑張れるような気がしてくる。

 いつしか私の体温で、手の中の紙袋はほのかに温かくなっていた。ヒヨウ様は民からの声援を受けながら、ニコリと笑って私に手を振ってくれる。彼は怒りに震える大男と歓喜にく村人たちの間に着地して、再びチャキと剣を構えた。

『さあかかってこい。民からの思いを受け取った剣は、絶対に貴様なんぞに負けん!!』

「ヒヨウ様ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!」


 ──その日、ヒヨウ・ザックロー様をゲストにむかれた興行はかつてないほどのだいせいきょうで幕を閉じ、観客の熱狂ぶりは後世の歴史書に記されるほどだったという。そしてその中で、ひときわ大声で叫んでいたのが私こと『オーアインの聖女』だったということは、誰も知らない歴史の秘密だ。

 ……次はアレクやサラくんが出る劇も観たい、なんて言ったらおこられるかしら。神に。


 ▲ジョブレベルが上がりました。

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