第23話 黒の呪縛(前編)

 夜が明け、町のあちこちで人々が動き出す頃、一晩中馬を走らせていたアルはようやくフランシスにたどり着いた。疲労が溜まっていたが、そのまま中央教会に向かう。


 「これは!?」


 教会の前に着いたアルは聖騎士が慌ただしく動いているのを見て顔をしかめた。担架に乗せられた死体と思しきものも運ばれている。


 「おい、何があった!?」


 アルの問いに聖騎士の一人が答える。


 「昨夜襲撃があったようだ。聖騎士とここの聖職者が殺されたんだ」


 「何だと!?大司教とメガネは!?」


 「メガネ?ユリーネス助祭のことか?二人はご無事だ。何でも助けが入ったらしい」


 「助け?」


 「アル君!」


 眉根を寄せたアルに声がかかる。見ると体のあちこちに包帯を巻かれたユリナが正面の入り口に立っていた。


 「メガネ、無事だったか」


 「だからその呼び方やめてって言ったでしょ!」


 「襲撃があったって、召喚者か?」


 「ええ。魔蟻ピサントのね」


 「よく無事だったな」


 「助けてくれた人がいるのよ。あなたと同じ召喚者」


 「何だと?」


 「丁度いいわ。上に来て。アリエル様が危ないかもしれない」


 「何?襲撃者は撃退したんじゃないのか?」


 「ええ。でも別の危険が……」


 ユリナの言葉の意味が分からず、アルが怪訝な顔をする。だがその意味はすぐ分かることになった。


 「いや~、本当にお美しいです。出来ればこのまま聖都までご一緒させてほしいです」


 部屋に入ると、椅子に座って所在ない風にしているアリエルが引きつった笑みを浮かべており、その前に一人の聖騎士が立っていた。そして膝を付いてアリエルに歯の浮くようなセリフを並べ立てる金髪の男が目に入る。


 「エリオットさん!アリエル様に不埒な真似をしてないでしょうね!?」


 ユリナが険しい顔でアリエルの傍に近づく。


 「無論です、ユリーネスさん。可憐な美少女に無暗に手を触れるような真似をするはずがないでしょう」


 デレデレした顔でエリオットが答える。


 「何だ、この変態は?」


 アルが呆れたように呟く。


 「変態とはご挨拶だな。君は?」


 エリオットが立ち上がり、前髪を指で掻き上げキザな笑みを浮かべる。


 「アル君、彼はエリオット。昨夜襲ってきた召喚者を倒してくれた人よ。君のことも知っているみたい」


 「ほう、君がアルマー君か。お初にお目にかかる。僕はエリオット・ステラー。よろしく」


 「お前が大司教たちを助けたという奴か。召喚者らしいな」

 

 「ああ。魔燕スワローを憑依させている」


 「何故俺のことを知っている?」


 「師匠から聞いたのさ。マクエン師匠からね」


 「マクエン師匠だと!?それじゃ貴様も……」


 「ああ。師匠の弟子だ。そして君と同じ男を追っている」


 「何だと!?あの男を知っているのか!?」


 アルの目の色が変わる。


 「ふ、やはりお互いあの男のことになると我を忘れるようだな」


 「知ってることがあるなら教えろ!」


 エリオットに掴みかからんばかりの勢いでアルが近づく。


 「落ち着きたまえ。今分かっているのは奴が通称『二枚舌ダブル・タン』と呼ばれていることと、非正写本アポクリファルの製造に深く関わっているらしいということだけだ」


 「それは分かっている。しかし通称とはいえ名前が分かったのはありがたい。……『二枚舌ダブル・タン』か。本当に右腕に魔獣ビーストを宿したあの男なんだな?」


 「ああ。確かだ」


 「しかし何故お前はそれを知っている?そしてどうして奴を追う?」


 「理由は君と同じさ。復讐だよ」

 

 「お前も誰かを奴に?」


 「そういうことだ。マクエン師匠には止められたがね。君もそうだろう?」


 「ああ。ならお互い今は破門の身か」


 「そうなるね。まあ師匠の気持ちは分かるが、こっちも退けない理由がある。だろう?」


 「そういうことだな。だが師匠はあの男のことなど知らなかったはずだ。どこでその情報を掴んだ?」


 「僕のもう一人の師匠ともいうべき人の伝手でね。君のことを話したら会いたがっていたよ」


 「誰だ?」


 「フランツ司教。聞いたことがあるかな?」


 「フランツ司教ですって!?」


 エリオットの言葉にアルより先にユリナが反応する。


 「ユリーネスさんもご存知でしたか」


 「名前だけは。非正写本焚書特別隊アポクリファル・イレイザーに配属になった時に話は聞きました」


 「俺も面識はないが知っている。親父と一緒に教会を放逐された男だな」


 「ええ。その様子では司教がどういう立場にあるかもお分かりのようですね」


 「勿論よ。フランツ司教には捕縛命令が出ているわ。居場所を知っているなら教えて。……って親父と一緒に?まさかそれって」


 「その話は後だ。お前、フランツの居場所を知っているのか?」


 「ええ、まあ」


 「教えて。彼には聖教会として聞かなきゃならないことがあるの」


 「残念ですがそれは出来ません。第一、教会から追放したのはそちらではありませんか」


 「状況が変わったのよ。非正写本アポクリファルが出回るようになって、私たちが組織されたことで分かるでしょう?」


 「分かりませんね。フランツ司教は非正写本アポクリファルとは無関係です。ついでに『黒の書』を持ち出したのも彼ではない」


 「そう断言できる証拠は見つからなかったわ」


 「まあ彼自身それは認めています。それに持ち出したのは司教ではありませんが、


 「何ですって!?」


 「話が見えんな。『黒の書』を持ち出したわけでもないのにその後それに接触し、非正写本アポクリファルに関与していないのにあの男のことを知っている?おまけに俺のことまで知っていて会いたがっているとはどういうことだ?」


 「詳しいことは本人にお聞きになったらいかがです?あなたがその気なら案内しますよ。あの男と、『二枚舌ダブル・タン』と戦うつもりなら有意義だと思いますがね」


 「いいだろう。俺も聞きたいことが色々あるからな」


 「待ちなさい!フランツ司教の所に行くなら私も連れて行きなさい」


 「それは出来かねます。あの方を捕まえさせるわけにはいきませんので」


 「嫌でも付いていくわよ」


 「力ずくで排除してもいいんだぞ、メガネ」


 「だからメガネって呼ぶな!それなら契約は破棄よ。こっちの情報は与えられない」


 「こいつやフランツが情報を持っているなら必要ない」


 「ううう……」


 悔しそうな顔でユリナが二人を睨む。


 「あの、ちょっといいですか?」


 アリエルが手を上げておずおずと口を挟む。


 「はい!何でしょうか!?アリエル様」


 ものすごい勢いで振り向き、エリオットが満面の笑みをアリエルに向ける。


 「マジで引くんですけど……」


 ユリナがこれ以上ないくらい顔をしかめて言う。


 「その、フランツ司教のお名前はちらっと聞いたことはあるのですが、詳しい事情を私は存じてなくて。おそらく五年前の『黒の書』紛失事件に関する話だとは分かっているんですが、よろしければ説明をお願いできませんか?当時の私はまだ幼かったものですから」


 今でも十分幼いだろう、というツッコミをアルは心の中にしまい込む。これ以上ユリナを刺激してもいいことは無かろう。


 「お安い御用です!ユリーネスさん、僭越ながら僕が説明させていただいてよろしいかな?」


 「え、ええ。どうぞ」


 下手に関わりたくないと言った感じでユリナが承諾する。


 「では。五年前に『ミルノア写本』の『黒の書』が最高法院ホーリーコートから紛失したことはここにいる皆さんがご承知のことと思いますが、当然門外不出のそれが外部に持ち出されたとすれば、その犯人は最高法院ホーリーコート内の聖職者であると考えられます。この時容疑をかけられたのが実際に写本作業を行っていたブルーノ司教とフランツ司教、そして写本制作の責任者であったスナイダー大司教だった」


 アルの顔が一瞬引きつるのをユリナは見逃さなかった。


 「三人は『黒の書』持ち出しを認めなかったが、嫌疑は日に日に強くなり、最高法院ホーリーコートは彼らを職務停止処分とし、教主への謁見も禁じた」


 「事実上の軟禁状態だったわけですね」


 「はい。八方手を尽くして『黒の書』の行方と犯人を特定する証拠を探したのですが、一向に見つけることが出来なかった。職務復帰を訴える三人の要望は無視され、彼らは最高法院ホーリーコートに居場所を無くし、職を辞さざるおえなくなった。教会側は辞任と言っていますが、事実上の追放です」


 「教主様は当時犯人捜しをやめるよう通達したとお聞きしていますが……」


 「三人が最高法院ホーリーコートを去った後のことです。これ以上離職者を出したくなかったんでしょう」


 「結局フランツ司教たちは聖教会での活動が認められず、独自に学校を作ったり孤児院を建てたりして神の教えを子供たちに説くようになったと聞いているわ」


 ユリナが口を挟み、アルの方を見る。


 「さっきの言葉からしてアル君、君はもしかして……」


 「ここまで来たら隠しても意味はないな。そうだ。俺は元々孤児だった。物心つく前に拾われ、育てられたんだ。スナイダーの親父にな」


 「スナイダー大司教に!?」


 アリエルが驚いて声を上げる。


 「親父は最高法院ホーリーコートを追放されるずっと前から孤児院を作っていた。俺はさっきも言った通り物心つく前からそこで育ち、読み書きを習った。成長するにつれ、教会の仕事で忙しい親父に代わって俺たち年長の者が幼い子の面倒を見るようになっていった。そして俺が十歳の時『黒の書』紛失事件が起き、親父は聖教会を追われた。それでも俺たちは親父を信じ、孤児院で働き続けた。……そう、あの日までは」


 アルは暗い目をしてそう言い、ぎゅっと拳を握り締めた。


 

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