第4話 天然聖女、少年を籠絡する
「待ってくださ~い!!」
脇目も振らず歩く少年の後をエーリファが半泣きで追いかける。腕にすがりつく彼女を少年は無慈悲に振り払った。
「しつこい奴だな。俺のことは放っておいてくれと言ってるだろう」
「そうはいきません!聖女の名に懸けてこのままあなたを行かせるわけには。それに借りを返さないといけませんし」
「気にするな。あんたが離れてくれるなら安いものだ」
「ダメです!神に仕える者が身も知らぬ人に借金をするなど許されません!」
「貸した気はない。返してもらう必要もな」
「いわれなき施しを受けるなどもってのほかです!」
「なら神様へのお布施だと思え」
「それなら許されそうですね。……って、私が飲んだ水なんですからそう言う訳にはいきませんよ!」
「お固い奴だな。聖女ってのはみんなそうなのか?」
「
「あんたには関係ない。あれこれ詮索しないでくれ」
「そういう訳にはいきません。そもそもあなたはどうして
「本当にうるさい奴だな。俺が追ってるのは写本自体じゃない。そいつを広めている奴だ」
「そういえば『黒の書』のことも口にしていましたね。そこまで知っているということはまさか聖教会の関係者なのですか?」
「そういうわけじゃない。俺自身はな……」
「意味深な発言ですね。詳しい話を聞かせてくれませんか?」
「しつこい奴だな。俺に構うなと……」
そこまで言ったところで少年の腹がぎゅるる、と音を立てた。バツが悪そうに少年が咳払いをする。
「ふふ、お腹が空いてるんですね?さっき食事をほとんど摂ってなかったですもんね」
「うるさい!誰のせいだと思ってる!」
「私の泊まっている宿に行きましょう。さっきのお礼にご馳走しますよ」
「遠慮する。俺はもうここを出るからな」
「どちらへ?定期馬車の時間はまだ先ですよ。
「余計なお世話だ」
「行く当てはあるんですか?私とあなたは同じく
「どうしてそこまで俺に構う?」
「勿論あなたに召喚魔法を使わせないためです。
「これでも計算しているつもりだがな。相手が昨夜の金髪のような召喚者でない限りは剣で立ち回れるしな」
「そもそも
「それは出来ん。目的を果たすまではな」
「目的?」
「しゃべりすぎたな。……しかし確かに
「それじゃ!」
「とりあえずは飯を食わせてもらおう。さっきの宿の残飯もどきよりましなものをな」
少年の言葉にエーリファは満面の笑みを浮かべた。
「そういえばまだお名前を訊いていませんでしたね」
エーリファの宿の一階で、注文した料理を待ちながら彼女が微笑みながら尋ねる。
「あ、私はエーリファ・オコーネルと申します。聖都のマリアス教会の聖女で、一応助祭を拝命しています。お気づきになった通り『
「その歳で助祭とは大したもんだ。それに俺の知る限り『オコーネル』という名は
「やはりよくご存じですね」
「これくらいは誰だって知ってるだろう。俺の名はアルマ―。アルでいい」
「アルさんですか。アルさんはどうして
「さんはいらん。見たところあんたの方が年上だろう。それに言ったはずだ。俺の目的は写本そのものじゃない」
アルは運ばれてきた料理に手を伸ばしながらぶっきらぼうに答える。
「うん、さっきの宿の飯より断然ましだな」
水の値段といい、さっきの宿よりはよほど良心的のようだ。
「では質問を変えます。どうやって
「そうだ」
「それは今どこに?」
「燃やした。嘘じゃない。あんたの手を煩わせる必要はないから安心しろ」
「誰から手に入れたんですか?」
「それは言えん」
「あなたが追っているのはその
「違う。もう詮索はそれくらいにしてくれ」
「そうは言いましても私も仕事ですので」
「ならやっぱりあんたと行動を一緒にするのは無理だな」
そう言ってアルは席を立つ。
「わああっ!待って!待ってください!分かりました。もう訊きませんから。食事だって残ってるじゃないですか。ね?ね?」
必死に引き留めるエーリファの泣きそうな顔を見てアルはため息を吐きながらもう一度席に座る。
「聖女ってのはみんなあんたみたいにお節介なのか?」
「ですから敬虔と言ってください。そんな危険なものを宿している人を放っておけませんよ。しかも私より年下の男の子を」
「男の子か。そんな風に言われたのは初めてだな」
「ええ、っと、気を悪くしないでくださいね。世間話、ってことで。あの……ご両親は?」
「いない。……面倒だからある程度は話してやる。俺は生まれてしばらくの間の記憶がない。聞いた話だと街の片隅に捨てられていたそうだ。汚い籠に入れられてな」
「ええーっ!?}
「驚くことはないだろう。聖都や七大都市ならまだしもここのような小さな町じゃ捨て子なんぞ珍しくもない。俺が捨てられていたのもここと似たり寄ったりの町だった。それだけのことだ」
「それじゃ拾われてから孤児院に?」
「ああ。その町には碌な施設がなかったが、運よくそこの聖職者がメアリスの孤児院につてがあってな。そこに預けられた」
メアリスは聖都の西に位置する七大都市のひとつである。
「そうだったんですか……」
「とりあえずこんなところで勘弁してくれ。料理が冷める」
「あ、そうですね。すいません」
複雑な表情で自分を見つめるエーリファをよそにアルは黙々と食事を続けた。
「そろそろ定期馬車の時間じゃないのか?」
食事を終えエーリファの泊まっている部屋に入ったアルが荷物をごそごそと漁る彼女に言う。
「あ、すいません。ここを出るのは明日にしてもらっていいですか?」
「何?」
「修道服を洗わなければいけませんから」
「代わりの服はないのか?」
「それがこの間破いちゃいまして。直しに出してるんですよ」
「
「力を発動するのは任務中だけです。あれ、結構疲れるんですよ」
「修道服を洗濯して乾くまで待てと?」
「急いで行く必要はないでしょう?
「いや、この町に寄ったのも偶然だしな。こういううらぶれた町を夜に出歩けば怪しい奴に出くわすかもしれんと思ったんでな。どんぴしゃだったが」
「私はちゃんと指示をもらって来たんです。昨夜の店が怪しいという情報がうちの隊に入りまして」
「あんたは回収が目的だからよかったろうが、俺の方は空振りだ。
「私たちはそういう人たちの捜索も行っています。昨夜マスターさんが言っていたガイコツみたいな背の高い男、という情報ももう本部に伝えましたよ」
「教会便か。こんな町でも機能しているんだな」
「どの町にも必ずありますからね。残念ながらこの町の教会は聖職者がいなくなって久しいみたいですが」
「あんたが就任したらどうだ?」
「そうしたいのは山々ですが、任務がありますので。……あったあった。じゃあ私は洗濯場をお借りしてきますのでここで休んでてください」
鞄から石鹸らしきものを取り出してエーリファが血で汚れた修道服を抱える。
「今日まだここに泊まるなら俺も部屋を取らんといかんだろう。フロントに行ってくる」
「お金がもったいないですよ。一緒にここに泊まればいいじゃないですか」
「何?あのな、仮にも俺は男だぞ」
「私は別に構いませんが」
「危機感が足りんのじゃないか?任務中以外は加護も発動してないんだろう?」
「あら、私を襲う気ですか?」
「そんなつもりはないが……」
「ならいいじゃありませんか。じゃあちょっと行ってきますね」
エーリファは無邪気にそう言って部屋を出ていく。アルはそんな彼女を見て今日何度目かの大きなため息を吐いた。
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