1-2
人間界に降り立ったメイは、真っ先にルニカ教会へと向かった。
遠く離れた土地からの旅だったためたどり着くまでにひと月あまりかかってしまったが、とにかく急いで向かったのだ。
もしかしたらステラの弟――ジュジュという名前らしい――がいるかもしれないと思ったし、みなの亡骸がどうなったのか知りたかった。天使狩りのあと、勇者の指示で各地の教会が順次燃やされたということは把握していたため、亡骸ももしかしたらそのときに……と気がかりでならなかったのだ。
結果、
(わたしはジュジュさんじゃないかって、勝手に思ってるけど……)
周辺住民に聞き込みをしたものの、みな関わり合いになりたくないのか固く口を閉ざしたままだった。中には当時教会によく来ていた者もいたというのに……身勝手かもしれないが、薄情だと感じて胸が痛んだ。
ただ、みなメイが「あのときの見習い天使」だとは気付かなかったことは幸いだったといえる。
その後、わずかな情報を元に、様々な場所を点々としながら彼を探してきた。
しかし、ジュジュという名前のステラとよく似た顔立ちの青年には、どこに行っても会うことができない。それらしい人物を見たという噂さえ、耳に入ってこないのだ。
(やっぱり、もう亡くなってるんじゃ……)
何度となく抱いた予感を慌ててかき消すと、メイはきりきり痛み始めた胸を押さえるようにして、ぎゅっとトレイを抱いた。
そのタイミングで、店長が深く息を吐きだす。
「……ひでぇ話だよ。散々守ってもらいながら、悪魔の脅威がなくなったからって手のひら返しだもんな。俺は、天使よりも人間の方がよっぽど汚い種族だと思うね」
トムが慌てて「おやっさん!」と声を上げた。そのあと、すぐに声を
「その発言はまずいって。天使信仰者だなんて疑われたら、それこそ勇者城に連行されちまう。噂じゃあ、天使の翼を連想するような装飾品を身に着けてるってだけで、尋問されるらしいからな。下手な真似はしないほうがいい」
そうだよ、とケビンも続く。
「そもそも、メイちゃんには天使っぽい要素なんてこれっぽっちもないじゃないか。髪色だって普通だし、よく怪我して包帯巻いてるし、疑われっこないって」
なあ? と明るく同意を求められたが、曖昧に微笑み返すことしかできなかった。
そそっかしいメイはたしかによく店内のものを壊しては怪我をしているが、傷はすぐに直っている。大げさに手当てをしているのは、天使の特徴を感じさせないようにするためだ。
この二年あまりで、人間たちの天使に関する知識は格段に増えた。天使の特徴はもちろん、未熟な天使である蕾の子の存在についても、今や大部分の人間に知られている。人間界に一人たりとも天使を残さないようにと、勇者が自身の持つ情報を開示したからだ。
そのためメイは、長い山ごもりの間に、珍しい色味をした髪を染めた。
数種類の植物をすりつぶしたものに蜂蜜を混ぜ髪に塗って長時間日光にさらす方法は、ル二カ教会を訪れていた女性が「手間がかかるけど、綺麗に染まるのよ」と教えてくれたものだ。冬だったため植物を探す段階で苦労し代用したものもあったが、なんとか同じような色を抽出することができた。
その努力の甲斐があって、元々淡い水色だった髪は、今では金に染まっている。
ただ、定期的に染め直すのにもかなり手間がかかるため、ふわふわとした髪の長さだけは肩あたりから変えていない。元々長い髪に憧れていたが、実現する日はこないだろう。
「それはそうだけどよ。勇者の天使嫌いは、筋金入りだ。用心するに越したことはねえよ」
店長が真剣に身を案じてくれていることが伝わってきて、ありがたいのと同時に申し訳なさが押し寄せてきた。
「店長、もう……」
「そうだよな、ごめん」
メイの声を遮り、ケビンとトムがしゅんと肩を落とす。
「そんな……謝らないでください!」
「いいや。変な呼び名はやめるようにって、俺たちからみんなに伝えておくよ」
「おう、よろしくな。よし、それを条件として、特別サービスだ」
店長は空気を換えるように「がはは!」と豪快に笑いながら調理場へと戻ると、特製のキャロットケーキを手に戻ってきた。店内に明るい空気が戻る。
三人の笑顔を見て、メイはほっと胸を撫でおろした。
(……よかった。みんなには、いつも笑顔でいてほしい)
「それにしても」
ふいに、しんみりした声が店内に落ちる。
再び調理場へと戻っていった店長の背中を見ていたトムが、気付けばこちらを見上げていた。
「メイちゃんがここを辞めちゃうなんて、寂しくなるなあ……」
ジュジュを探す旅を再開するため、メイは今日でこの店を辞める。そのため、事情は明かしてはいないものの、顔なじみの客が今日はたくさん来てくれることになっているのだ。
メイは二度目の人間界での日々を、旅の資金や寝床を確保するために、情報収集の拠点となる場所で住み込みで働きながら過ごしてきた。
それぞれの土地に思い出があるが、ここは一番居心地がよかったように思う。
たった半年だったけれど、みなとても親切にしてくれたし、偽りなく毎日が本当に楽しかった。
「わたしも、寂しいです」
心のままにそう伝えると、ケビンが「だったら」と表情を明るくした。
「ずっとここにいたらいいさ。俺たちはもちろん、おやっさんが一番それを望んでるよ。『働き者で助かる』って、ことあるごとにメイちゃんのこと褒めてたからね」
じーんと胸があたたかくなって、泣き虫な自分がうっかり顔を出しそうになる。
(もし叶うなら、ずっとここでこうして暮らしていたい。だけど、わたしには目的があるし……何より天使だから、これ以上ここにはいられない。長居をしている間にもし正体がばれるようなことがあったら、天使をかくまってたって店長が疑われてしまうだろうから……)
早くに妻を亡くし子もないという彼は、メイをまるで娘のようにかわいがってくれた。朝昼晩とふるまってくれた料理は、食料を摂取する必要はないというのにもっと食べたいと思うほど美味しくて。手伝いがしたいと申し出て一緒に調理場に立つ時間は、とても楽しく充実していた。
(店長は、わたしにとって大切なお父さんだ。……ずっと、元気に生きていってほしい)
花の蕾から生まれたメイに、両親はいない。それでも、きっと父親がいたらこうして愛してくれるのだろうと彼は感じさせてくれた。
「――ありがとうございます。だけど、最初から、半年の約束で雇っていただきましたから」
暗くならないように笑顔で返すと、ケビンは「そっか」と俯いた。
「あ。そういえば、結局あいつには、このこと伝えたのかい?」
あいつ……それが誰を指すのか、メイは一瞬で理解した。
答えようと口を開いたその時、カランカラン、と玄関扉に付けられた鈴が鳴る。
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