『老いはぎ』

やましん(テンパー)

『老いはぎ』


 また、嫌な季節が巡ってきた。


 村に古くから伝わる、伝統行事、『老いはぎ』である。


 昔は、食料の生産量は少なく、しかも多くは領主に持って行かれてしまう。


 庶民が食べることができるものは、ごくわずかしかなかった。


 それでも、気候が良ければ、村人皆がなんとか冬をしのげるくらいの蓄えもできたが、嵐や、冷害、旱魃、疫病などがあると、たちまち飢饉に陥る。


 その中で村を維持するための、安全装置だったらしい。


 それが、現代に起こったのである。


『老いはぎ』は、あくまでも伝統行事であって、人びとの健康を守り、集団を維持する仕組みのひとつだったのだ。


 けれども、国際紛争がこじれにこじれて、日本合衆国には、食料が供給されなくなった。


 国際機関は、援助を呼び掛けたが、友好国も、自分たちが食べる分を確保するのが先であり、それでみな、手いっぱいだった。


 祭りは、実質的な意味を持つようになったのである。



 『わるい、としよりゃあ、いねえかあ。


 くいすぎる、としよりゃあ、いねえかあ。


 口数がおおすぎる、としよりゃあ。いねえかあ。』



 鬼たちは、そう叫びながら、家々を巡るのである。


 年寄りとされるのは、65歳以上だったが、今年から、60歳以上に引き下げられたのだ。


 ぼくは、63歳である。


 それなりの大企業に勤務していたから、早期退職はしたが、なんとか蓄えで生活できていたし、奥様が山菜パック作りのアルバイトにも行っていた。


 しかし、元から物が無くなったら、お話にならない。


 相当に高額を出せば、ない事もないらしかったが、それは、まあ、昼定食おひとりさま10万ドリムといったあたりなのである。


 だから、家族が、僕には内緒で、家庭内会議を開いていたのは、うすうす感づいていた。


 そうして、その日がきた。



 『わるい としよりゃあ いねえかあ。』



 玄関が、どかんと開かれ、3体の鬼が現れた。


 奥様が言った。


 『老いはぎさま、ひとり、お連れ下さいませ。』


 『おう! 引きだすがよかろう。』



 ぼくは、用意していた梯子を伝って、二階の裏窓から脱出した。


 そうして、坂道を降り、裏道に出た。


 すると、黒塗りのあやしいバンが近寄ってきた。


 『やましんさんだね。』


 『あい。』


 『お待ちしてました。すぐに追手が来る、急いで。』


 ぼくは、その四駆のバンに乗り込んだ。


 『緊急脱出お助け隊』のメンバーたちである。


 預金をはたいて、脱出援助を依頼していたのである。


 すると、猛烈な勢いで、車は村を走り抜けた。


 村はずれには、バリケードが張ってあることは知っていた。


 その車は、あらかじめ下調べしていた、昔の街道に折れた。


 地元民でも、もはやあまり知られていない道である。


 はるか昔には、姥捨て山に通ずる道だったと言う。


 しかし、敵もさるもの。


 『やはり、ここも、バリケード、張ってますな。』


 男が言った。


 『仕方ない。突破。催涙弾発射。』


 どっかあ~~~~~~ん。


 白い煙が上がった。


 『おわああ。そこまでやるかあ。』


 『請け負った以上、手抜きはしません。』


 前に会って、話をつけた女性である。


 『まだ、村の領域は広いです。この山全部、村のものです。』


 『はいよ。お・・・来た来た。ドロンがきた。最新型で、夜間飛行可能な奴だ。爆弾も搭載できる。』


 『揺れますわよ。お客さん。』


 真っ暗闇の中で、上空にUFOみたいなドロンが見え隠れする。


 『どかあああああああああああああああああん。』


 『いやあ、ほんとに、爆弾落としだしたぜ。こりゃあ、殺人行為だ。』


 『ふうん。よほど、深刻みたいね。』


 女が言った。


 『心配いらない。この車は、特殊装甲車だから、しろとの爆弾くらいなら、傷もつかない。』


 『はあ・・・・いやあ。感無量。』


 まったく、いつの間に、そんなことになっていたのだろうか。


 男が、上空に向けて、銃を構えて発砲した。


 『特殊銀玉鉄砲です。しかし、これでも、ドロンは微妙だからね。当たれば、落ちる。』


 なかなか当たらなかったが、次々に投下される爆弾の中、こちらが見える位置で投下するのだから、そこがチャンスでもある。


 『ばっしゃ~~~~~~~~ん。ぶるる。』


 『やたああ。撃墜。』


 『まだまだ、気は抜けないよ。』


 自動車は、崖っぷちの恐怖の小道を走っていた。


 昼間だったら、恐ろしくて、絶対通りたくない。

 


 ばらばらばらばら!


 『なんだ、あの、でっかい音は。』


 『でた、オスト・プーレイだ。』


 『はあ? 防衛隊のか?』


 『他に誰が持ってるの。』


 『なんか、急激にエスカレートしてるな。』


 『村のおきてを破ったものは、こうなるという見せしめだよ。こっちには、やりがいがある。』



 じゅば~~~~~~~~!



 『ミサイルだあ。』


 『どかあ~~~~~~~~~~ん。』


 『ぎゃあ、本物だあ。』


 『また来ます。こりゃあ、持たないぜ。あの銃では歯がたたない。』


 『ほら、そこ、左。山に入って。』


 この女性が、ボスらしい。


 『オッケー。』


 バンは、山の斜面に突っ込んだ。


 がたがたがたがた。


 ミサイルが、頭の上を通り過ぎた。


 反対側で爆発する。


 『ここの峠を超えたら、隣町に入るはず。ここだけ、盲腸みたいに、町域が出っパっているのさ。もうちょっと。』


 『あら、頭上に、なにゃら、きらめくような感じがあったなあ。』


 『おいおい。核弾頭付きの小型ロケットだ。『ダービー・クリケット』とかいうやつだ。


 『ばかな。核を使うか。』


 『威力は小さい。山の村側斜面と、村半分はやられるが、向こう側は被害がないだろう。ユッケ~! そこが頂上だ。超えろ。超えろ。』


 バンは、道無き峠を飛び越えた。


 ほぼ同時に、小型核ミサイルが、山の斜面に到達し、核爆発を起こしたのである。



   ************   ************


 

 ぼくは、政府に実情を訴えた。


 しかし、それから半年。


 なんの音沙汰もない。


 噂では、村は、大半が、爆風で吹き飛んだらしいが、壊滅まではしていないだろう。


 もちろん、家族のことは、非常に心配してるが、立ち入り禁止になっていて、村には入れない。


 通信も不可能になっている。


 もっとも、うっかり帰ったら、かまゆでになりかねない。


 これも噂では、国が内密に選んだ、実験自治体のひとつになってたことが、後から分かってきたのである。


 その後、ぼくは、転々とアジトを変えた。


 殺し屋が、差し向けられる可能性が高いのだ、という。



  ************   ************





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『老いはぎ』 やましん(テンパー) @yamashin-2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る