第二十九話
学園から戻ってきたセラフィーナは、早速、弟であるキースの手伝いを始めた。既に沢山の万能薬を作り終えているキースに、セラフィーナは申し訳なさそうに言葉をかける。
「キース、お疲れ様です。私も手伝いますので、少し休んでください」
そう言って、奇跡の実を手に取ると、聖水の入っている瓶を探す。
「姉上、ありがとうございます。ただ、聖水が切れてしまっているので、先ずは聖水から精製しなくてはいけません」
「そうでしたか。分かりました」
手にした奇跡の実を置き、少し大きめの空の瓶を持つ。外にある井戸へセラフィーナが向かおうとした時に、キースが話しかけてきた。
「バラクロフ様とは、お話出来たのですか?」
セラフィーナが随分と早く帰ってきたことに、もしかしたらフランセスが学園を欠席していて、話しができなかったのかもしれないと、キースは思った。先日の魔物討伐の際、フランセスが何気なく発した言葉に、少しばかり嫌悪感を抱いていたキースは、会えなかったのならばそれでいいと、内心ホッとしていた。
「はい。最後の挨拶をしてきました」
「……そうですか」
「フランセス様は、本当にとてもお優しい方でした」
「姉上がそう言うのなら、そうなのでしょう」
あのとき聞いた言葉の真意はどうであれ、セラフィーナが傷つくことがないのならばと、キースはそれ以上は何も言わないことにした。
「ありがとう、キース」
自分のことを殊更心配してくれる姉想いのキースにお礼を言い、セラフィーナは部屋を後にした。
「おう、セラフィーナ! 帰ってたのか」
「え? 救世主様、何故ここにいらっしゃるのですか?」
セラフィーナが裏庭にある井戸へと向かうと、そこには居るはずのない救世主の姿があった。確か朝早くに、父親に連れられて、軍本部へと出勤した筈だとセラフィーナは首を傾げる。
「ああ、親父殿がぶっ倒れたんで、運んできた」
「え! お父様が!」
真っ青な顔でセラフィーナが慌てるが、救世主は特に焦ることもなく、言い放つ。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。魔力が枯渇したとか、体調が悪くなったとかじゃねえからよ」
「で、では何故、父は倒れたのですか!」
「寝不足だ」
そう言い切った救世主に、セラフィーナは思わずきょとんとしてしまう。
「は? 寝不足……ですか?」
「おう、寝不足だ。正直、驚いた。軍の薬学部に転移して、入口の扉に手をかけた途端、倒れ込んじまったからな。慌てて治癒魔法をかけたが手応えがなかったんで、どうしたのかと思えば、熟睡してたってわけだ」
じわじわとその言葉がセラフィーナへと染み込んでいく。そして父親の失態に、セラフィーナは情けなさと申し訳ないという気持ちに苛まれた。
「それはまた……父がお世話になりました」
「気にすんな……その……俺にとってもよ、その……義理の父親になるんだからよ」
照れながらそう言った救世主の言葉に、セラフィーナの顔が真っ赤になる。前回同様、遠回しではあるが、『告白』と取れるその発言に、セラフィーナは慌てふためいた。
「そ、そそそそれは……その……」
もじもじと下を向いてしまったセラフィーナに、救世主も頬を朱に染める。そして大きく深呼吸をすると、拳を強く握った。
「あ、あのよ、セラフィーナ。まだちゃんと言ってなかったらよ。聞いてくれ」
「はい?」
救世主にしては珍しく、弱々しい物言いに、セラフィーナはもじもじしながらも首を傾げた。
「俺は、セラフィーナと結婚したいと思ってる! セラフィーナに惚れたんだ! だから……その……」
最初こそ威勢良く大声で告白したが、最後の方は随分と尻つぼみになる。そんな救世主の言葉に、セラフィーナは素っ頓狂な声をあげた。
「ひゃうーー!」
真っ直ぐに告げられたその想いは、セラフィーナにしっかりと響いた。だからこそ、思うことがある。ここは裏庭だ。そしてすぐそこにある部屋は、奇しくもキースが万能薬を作っている部屋だ。そして換気のために窓は開いている。きっと今の告白は、しっかりとキースにも聞こえていたはずだ。回らない頭でそう考えて、セラフィーナは激しく悶える。
そんなセラフィーナの考えを嘲笑うかのように、ひょっこりとキースが窓から顔を出した。そしてセラフィーナに向かってニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。そのキースの態度に、セラフィーナは思わず叫びだしたくなった。それを察したのか、キースが声を出さず、口だけで言葉を発する。
『返事は?』と。
途端に今の状況を思い出し、セラフィーナはまた慌てだした。返事を待っているであろう救世主にセラフィーナが目を向けると、恥ずかしいのかぎゅっと目を瞑ったまま上を向いている。何かを言わなければと、焦ったセラフィーナは、考えなしに口を開いた。
「ああああああの、その……」
大きめの空の瓶を胸に抱き、顔を真っ赤にさせたセラフィーナは、必死に言葉を紡ごうと奮闘する。だが、ままならない。返事はもう決まっていた。それを伝えるのには勇気がいる。しかも身内のいる前での告白は、なかなかに堪えると、セラフィーナはまた身悶た。
「返事は、今じゃなくてもいい」
少しばかり立ち直った救世主は、深呼吸の後、すっきりとした表情で言う。それを恨めしく思いながらも、セラフィーナはホッと息を吐き出した。既にキースは部屋に引っ込んでいたが、それでも今ここで気持ちを口に出すのは憚れた。
「その、あの、お返事は、明日、精霊界に行ったときに……」
それでもセラフィーナの心は決まっている。だから早く返事をしたいという気持ちの方が先に来て、ついそんな言葉が口をついた。
「お、おう。そうか。明日だな。分かった」
二人共が真っ赤な顔でモジモジとしている姿は、傍から見たら微笑ましくもあり、焦れったくもある。そんな二人をそっと見つめていたのは、キースだけではなかった。
「もう、セラったら、バシッと告白してしまえばいいのに」
裏庭の影で、セラフィーナの母、セシリーが歯痒そうに盗み見ていたことを、キースだけが知っていた。
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