第59話 戦争準備
コンコン、とアーデルハイトの執務室がノックされ、その後で恐る恐ると二人の女性が執務室の中へと入ってくる。
「あの……。失礼します。」
「失礼しますぅ~。」
それは、エルネスティーネと共に冒険を行ったベテランの冒険者、デルフィーヌとリューディアである。
デルフィーヌは軽鎧を身に纏い、リューディアはプレートアーマーを身に纏いながらもアーデルハイトの執務室へと入ってくる事が許可されている。
それは、エルネスティーネと共に一緒の冒険を潜り抜けた仲間であるという信頼感によるものである。当然、武器は預けられているが、それは二人とも納得ずみである。
冒険者であるというカバーを使って隣国のリュストゥング王国に侵入したので、当然ながら冒険者そのままの姿である。
彼女たちは、エルネスティーネの依頼(正確に言うとアーデルハイトの依頼)を受けて、隣国のリュストゥング王国へと侵入し、様子を伺ってきた。
リュストゥング王国は、法の国ではあるが、混沌領域と面しているという事で、冒険者たちを必要としており、冒険者が入り込んでも別段変な目で見られる事もなく、情報収集も楽に行うことができた。
「いや、旅行とても楽しかったですよ~。美味しい物たくさん食べましたし~♪」
「おいバカ!黙ってろ!ご、ごほん。それで、リュストゥング王国の様子ですが……。明らかに混乱していましたね。エーレンベルク領から一番近い街に大量の物資が荷馬車に運び込まれていました。明らかにきな臭い……。戦争の準備が整えられていました。だけど……。」
「だけど?」
「はい、先ほども言ったように状況は混乱していました。
物資を運び込んで明らかに戦争の準備を整えている者、そんな命令は受けていない、と反発する者。まるで明らかに違う指示系統が二つ存在しているようでした。
それと、それとは別に酒保商人が大量の物資を運び込んでいましたね。
こちらは、リュストゥング王国とは全く異なる”連合”が大金をはたいて運び込んでいる、と専らの評判でした。後、これは噂ですが……。」
「?」
不思議そうな顔をしているアーデルハイトに対して、デルフィーヌは、覚悟を決めたように言葉を続ける。
「何でも、リュストゥング王国の軍の一部が離反したのだとか何とか。
しかも、反乱を起こしたのに、国に刃を向けずに他国侵攻の準備を整えているとか何とか。普通こういうのは権力奪還のために首都に軍を進めるものですが、他国侵攻とか訳が分からない、と皆言っていますね。
当然、国王は離反した軍を鎮圧するために軍を向けようとしてますが、大混乱の状況で中々上手くいっていないみたいです。
その間を狙って、多分ウチに攻め込んでくるんじゃないんですかね?これはアタシの直観ですが。」
「この人の直観はよく当たりますから~従った方がいいですよ~♪」
にこにことそれに対して言葉を放つリューディアだったが、デルフィーヌは余計な事言うな、と言わんばかりに睨みつける。
最も、アーデルハイトもエルネスティーネからデルフィーヌの勘の良さは信用できる、と聞かされている。ここは信用すべきだろう。
「後、リュストゥング王国の混乱っぷりは、お嬢……じゃなかった、エルネスティーネ様が作り上げた中立神の聖書も拍車をかけているようですね。
何せ今までのお堅い聖書ではなく、お嬢が作った太古の神々の戦いのパンフレット……というか絵本は大評判ですね。農民なんて娯楽に飢えていますから、文字が読めなくでもある程度理解できる絵本はそりゃ人気が出ますよ。
それに釣られて来た人たちに宣教師が、中立神の教えを説くんで、法より天秤に信仰を変える人たちが結構いるみたいですよ。
で、そんな簡単に信仰を変えるとは何事だ!と反発する奴らでさらに大混乱、と。」
エルネスティーネとオーレリアは、日本の中世日本でヒットしたとされる、草双紙、江戸時代中頃から江戸で出版された絵入り娯楽本を参考にして、太古の法と混沌と中立神の戦いをパンフレット……絵本化させて聖書と共に宣教師に持たせている。
例え文盲の人と言えど、見ただけで理解できるイラストの力は非常に強い。
そして、宣教師が口頭で文字を読み上げれば、いかに文盲の人たちと言えど理解できる。言うなれば、サイレント映画を声を出して読み上げる「活動弁士」である。
しかも、この絵本は、エンターテインメント性に重視し、中立神の活躍を多めに書かれている。それは人気が出るというものだ。
「分かりました。ご苦労様です。これは依頼料ですわ。お受け取りを。
多少色をつけておきましたので、これからもティネとよろしくお願いしますわね。」
そう言いながら、アーデルハイトは金貨の入った袋を二人に手渡していく。
正式な料金より危険手当として上乗せして、旅行費用も加えているので、文句はないはずだ。
「あ、ありがとうございます。ほら帰るよリューディア。」
「はい~♪エルネスティーネさんによろしくです~♪」
リューディアがひらひらと手を振りながら、デルフィーヌはぺこり、と頭を下げて一礼しながら執務室から立ち去っていく。
そして、それと入れ違いになって、ディートリンデが紙の束を手にしながら執務室へと入ってくる。
念のため、ディートリンデには、リュストゥング王国の食糧の流れについて調べてもらっていたのだ。
軍隊は腹で動くとは、ナポレオンの言葉である。
逆に言えば、食料の流れを追えば、本気で軍を動かすつもりがあるのか判断できる。
今の時代では、自前の兵站組織を持っている軍隊は少ない。
そのため、食料や物資をかき集める酒保商人たちの動きを確認すれば、大体の目安はつく。農業生産を主にするディートリンデは、その辺にもコネはあるし、ある意味専門家でもあるので、彼らの動きは把握しやすい。
「どうでしたか?ディートリンデ。」
「うーん、それが食料の動きが妙なんだよねぇ……。
普通、他国に侵攻する時には、他の国から食料を買い集めるんだけど、今回、自国の他の所から一か所に強制的に食料を集めてるみたい。
そのせいでリュストゥング王国のあちこちで飢饉が起きてる場所があるんだって。
国全体というより、国の一部が勝手に暴走してこちらに攻め込む準備を進めているみたいな感じがする。おかげで、リュストゥング王国は大混乱が起きてるみたいだよ。」
「それは……。反乱を起こす、という事?」
「うーん……。反乱って一部勢力が自国を乗っ取るためにする事でしょ?
一部勢力が暴走して攻め込んでる準備を進めているって反乱って言えるのかなぁ。」
「分かりました。ともあれ、こちらも迎撃準備を進めなくてはなりません。
ディートリンデ、兵站用の食糧や予備の武器防具の準備や酒保商人の手配はお願い。
輜重隊の編成はそちらに任せますわ。」
「王都に至急早馬を送りなさい!全軍戦闘準備!いつでも隣国からの侵攻に備えられるように兵士たちに指示を出しなさい!大至急ですわ!」
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