第8話 冒険者としての仲間を集めましょう。何かアレなのは目を瞑って。
「あら、無事に冒険者になられたんですね、おめでとうございます。」
しれっとにこにこと笑みを浮かべながらこちらにそう言い放つギルドの事務員。
こっちがどんな苦労したと思っているんだ、金返せ、と言いたくなったが、絶対に返さないだろうし、さらに揉める事は間違いない。
これ以上揉めるのは得策ではない、と判断したエルネスティーネは、こめかみに青筋を浮かべながら言葉を返す。
「ええ、おかげさまで。どこかの誰かが邪魔しなければもっとスムーズに行ったのですけれど。」
「まあ、どこの誰がそんな事を?恐ろしい事ですね。」
ほほほ、ほほほ、とエルネスティーネと事務員の間で凍り付いた雰囲気が流れる。
しかし、いつまでもこんな冷戦状態を行っている訳にはいくまい。
「……ごほん、それで注文しておいた私の装備は?」
「はい、それはきちんと整えていますよ。そちらの方の装備もアーデルハイト様からのご依頼で整えております。よろしければどうぞ。」
やっぱり、基本彼女は有能であり、金さえ払えば法に触れない大抵の事はやってくれるのである。
エルネスティーネの件もそれ以上の金で殴られたから素直に話しただけで、そうでなければ決して話さなかっただろう。
彼女に案内されるまま、装備のチェックに入る。
きちんと注文通りのチェインメイルやメイス、サブウェポンのショートソード。
他にもランタンや毛布、水筒、リュックサックなど冒険者用の細々とした装備がきちんと揃っており、サービスと言わんばかりにマントや簡易テント、ハードビスケットや燻製肉などが揃っている。
だが、この程度で以前の事を忘れてやれるほど、こちらは安い女ではない。
ともあれ、自分のチェインメイルに防護のルーン、アルジズを刻み、防御力を高め、メイスの方には戦闘のルーン、テュールのルーンを指で刻み、攻撃力を高める。
ただ指でルーンを魔術的に刻んだだけのため、長続きはしないだろうが、今回の冒険だけ持てばいいし、切れたらまた刻みなおせばいいだけの話である。
同時に冒険者キルドに冒険者としての登録を行う。
冒険者の等級としては当然の事ながら最下位の灰色である。
冒険者としての等級が上がることに色が変化していき、最上級の金色へと変化していく。
まだ文盲の人たちも多いこの世界では、文字による判別よりも色による判別が一番理解しやすいのである。
しかし、さらっと言われたが、文盲の人が多いというのはエルネスティーネの目的にとって大きな障害である。
いくらラノベを作ったからと言っても、それを大勢の人に手にとって貰わなければ意味がない。そして、読めない本を買ってくれるほど人々は物好きではない。
本を広く読んでもらうためには、識字率を大幅に向上させなければならないのだ。
だが、識字率の向上、つまり教育の分野になると、それは一貴族令嬢の手の出るモノではない。国家規模の事業になってしまう。
そこまでになってしまうと、到底エルネスティーネの手には負えない。
さて、どうしたものか、と思わず考え込んでしまうが、まあこれは考えても仕方ないので後回しにしよう。
チェインメイルとメイス、ショートソードを装備し、他の細々とした物をリュックサックに入れ、部屋の外に出ると、そこには同じように冒険者用の装備をしているエーファがいた。だが……。
「流石、お似合いです。お嬢様。」
……何でこの人メイド服なんだろう。しかも、メイド服の上にヘビーレザーアーマーを装備しているが、あれ見た所、メイド服用に作られた特注のヘビーレザーである。
「ありがとう。……それで、何でエーファはメイド服なの?
わざわざ冒険にメイド服で行く必要ある?」
「メイドですから。」
「お、おう……。そ、そうなの……。」
しれっと表情を変えずに、それが世界の真理であると言わんばかりのエーファの態度に何を言っても無駄である、と付き合いの長い彼女は思い知っている。
エーファの装備は、ヘビーレザーアーマーに、ロングソード、サブウェポンにショートソード。そして片手に小型のバックラーという軽戦士的な装備である。
……メイド服を纏っているという一点を除けば。
「お嬢様、そちらの荷物は私が背負いましょうか?」
「いえ、いいわ。そちらにも荷物があるし、私だけ楽をするわけにはいかないもの。
いざという時に貴女が使い物にならなくなるのが困るわ。」
そこまで軟弱な鍛え方はしてはいないのですが、とぶつぶつ言う彼女は、エルネスティーネに対して提案をしてくる。
「お嬢様、正直申し上げまして、私はお嬢様があのようなゴロつき……もとい冒険者たちとパーティを組むのは反対です。ウチのほかのメイドたちならば戦闘力も不足がなく、気心も知れているかと。」
なるほど。確かに道理は通っている。
どうやらウチの家は他のメイドたちも戦闘訓練を受けているらしく、十分に戦力としては役に立つだろう。気心の知れているメイドたちが力を貸してくれるのなら、心強い味方になる。だが。
「それで、そのメイドたちは罠の解除とかはできるの?鍵の解除や偵察任務とかは?」
「……偵察任務ならばできますが、鍵や罠の解除は……残念ながら。」
それはそうだろう。そもそもメイドたちが戦闘訓練を受けている方はおかしいのだ。
その上でさらに罠の解除などといった特殊技術を学んでいるメイドというのは流石にいないだろう。
そう。今のこの二人にとって、必要なのは罠や鍵の解除などができるスカウト。
そして、自分たちの盾であり剣となってくれる重戦士役である。
「魔術は私が何とかできるけど、罠の解除は特殊技術で誰でもできるものではないわ。それ専用の技術をもった冒険者を雇う必要があるわ。
トラップにかかって串刺しや圧し潰しとか輪切りにされるとかの最後は勘弁してほしいもの。」
確かにそれはそうだ。そのエルネスティーネの言葉にエーファも納得する。
エーファの目的はエルネスティーネを無事生還させる事である。
そのためにスカウトたちが必要というのなら多少信頼感に問題があっても必要なリスクだと受け止めるしかない。
話が纏まった二人は、ギルドの事務員に向き直って自分のパーティの要望を伝える。
「それでは、重戦士と罠の解除をできるスカウト系の人をよろしくお願いします。
まさか、人の金を無駄にしておいて「できない」なんて言わないですよねぇ。
事務員さん?」
事務員に対して、圧をかけながらエルネスティーネはそう言葉を放つ。
エルネスティーネは未だに口止め料を払ったのに家族に対して報告されたのを根に持っているのだ。
彼女の理論としては正しいのだろうが、実際やられた方はたまったものではない。
その分の借りは他の面で払ってもらう、と言わんばかりである。
だが、そんなエルネスティーネの威圧にも、事務員はどこ吹く風で受け流す。
「いやぁ、今空いてるのは訳ありのメンバーしかいないですねぇ……。
訳ありメンバーでもいいですか?」
まあ、こちらも訳ありなのだから訳ありメンバーを組まされるのは仕方ない。
そう思って口を開こうと思ったら、先にエーファが口を開く。
「訳ありは問いません。ですが、メンバーは女性でお願いします。
できれば素性と素行は全うな方をお願いしたいのですが……。」
そのエーファの言葉に、ギルドの事務員も思わず呆れた声を上げる。
「あのですねぇ……。訳ありと言ったでしょう?
そんな素性も素行も真っ当な冒険者たちは訳ありとは言いませんよ。
まあ、できるだけやってみますが、文句は言わないで下さいね。」
まあ、エーファのいうことも間違いではない。
異性の混じったパーティでは、どうしても恋愛関係や性的な関係が出てくるのは当然の事である。
一応辺境伯の三女であるエルネスティーネがどこともしれない男の子供を妊娠したとあっては、アーデルハイトが頭を抱えかねないからだ。
(もっとも、前世が男性であるエルネスティーネには、少なくとも今はそんな事をする気分にはなれないだろうが、無理矢理襲われる可能性もある)
しかし、そんな彼女たちの要望に合うパーティなど早々見つかりはしない。
しかも、彼女はダンジョンアタックや冒険が初めてな初心者である。
自分の命がかかっている冒険で、初心者が歓迎されないのは至極当然である。
普通ならば、ギルドの掲示板に貼ってあるメンバー募集などの張り紙でパーディなどを見つけるのが普通である。
いちいちパーティを見つけるのに事務員がマッチングを行っていては、事務員がいくらいても足りない。
これは、エルネスティーネがこの地を治める辺境伯の三女であるという事と、やはり事務員としても、金で殴られて情報を吐いてしまった事の多少の罪悪感はあるらしい。
そして、ギルドの事務員が必死になって探し回った結果、見つけたの女性二人のパーティである。
一人は目つきの非常に鋭い、肩で髪を切りそろえたピリピリした雰囲気を漂わせたスレンダーなレザーアーマーに身を固めたスレンダーな女性。
顔は整ってはいるのだが、その全てを警戒しているピリピリとしたまるでハリネズミのような警戒感と閉鎖的な雰囲気がそれを台無しにしていた。
そして、もう一人の女性は、非常に大柄……およそ180cmほどの身長であり、ニコニコと常に笑顔を浮かべている人懐っこそうなロングヘアーの女性である。
だが、その雰囲気は、がっちりと装備された薄片鎧、ラメラーアーマーと手にした使い込まれたバスタードソード、そして片手に装備されたバックラーとガチガチの重戦士と反する物だった。
本当に大丈夫?ピクニックと勘違いしてない?と心配になるほどのぽやぽやっぷりである。あっ、ギルドの事務員も凄く心配そうな顔してる。うんうんよく分かるよ、とエルネスティーネが考えている時に、スカウトの女性から刺々しい声が投げつけられる。
二人の冒険者としてのランクの色は、青銅級。
それなりの冒険をこなした中級クラスの冒険者である事を意味している。
確かに灰色の初心者の二人にとっては、ベテランの二人は頼りになるが、向こうからしてみたら灰色級などただの足手纏いでしかない。
「何よアンタ。何か用?パーティを組んでほしい?
あのね、こっちは命がかかってるのよ。
アンタたちみたいに貴族のお嬢様のお遊びに付き合ってる暇なんてないの。
お遊びならお馬さんに乗って遊んでいなさいよ。」
エルネスティーネからすれば、まあ彼女の立場からすればある意味当然だろうな、と流せる言葉だったが、それに思わず怒りを露わにしたのはエーファだった。
「―――黙りなさい。」
その怜悧な容貌に怒りの炎を宿しながら、エーファはその女性に怒気を向ける。
普段感情を露わにしない彼女がこれほどの怒りを示すのは、付き合いの長いエルネスティーネですら初めて見る。
「それ以上のお嬢様への侮辱は許しません。首が飛んでも知りませんよ。」
「へえ、ただの貴族のお嬢様のお付きかと思いきや、中々いい闘気じゃん。
いいよ、貴族のお嬢様はさておいて、アンタは中々やりそうだね。」
そのエーファの気迫が気に入ったのか、スカウトの女性はニヤリ、と不敵に笑う。
どうやら、侮辱されて闘気を見せたことが逆にスカウトの女性に気に入られたらしい。
一方、重装備のぽわぽわとした女性は、エルネスティーネの方によって行って、ぽわぽわと話しかける。
「こんばんわ~。お姉さんは獲物はメイスですか~?
いいですよねメイス。特にあの手から伝わってくる感覚。たまりませんよね~♪
骨をヘシ折る感覚、肉を砕く感覚、ダイレクトに伝わってきてとてもいいですよね~♪ああん♡思い出すだけで私いっちゃいそうです~♪」
「あのぅ……。」
そのあまりの危険発言にドン引きしながら横目でエルネスティーネはスカウトの女性に助けを求める。
冒険者には社会不適合者が多いが、彼女はとびきりである。
下手をすれば人間の命を奪うのを楽しむサイコキラーやシリアルキラーになっていても不思議ではない。
「何よ。アンタだって訳ありでしょ?訳ありの人間は訳ありのパーティーに組まれるのは当然じゃない。大丈夫よ。この子一般人には手を出さないから。」
つまり、それは彼女は危険人物だ、と言っているのも当然である。
うう、正直不安だ、とエルネスティーネは思うがここで引くわけにはいかない。
「ともあれ、自己紹介から始めようか。
アタシは、デルフィーヌ。で、この子はリューディア。よろしくね。」
「よろしくお願いします~♪」
笑顔で答える重武装の女戦士とため息をつく軽武装のスカウト。
思わず不安になってしまうエルネスティーネだったが、彼女たちは冒険者としては明らかに熟練である。
彼女たちを頼るしかないのだ、とエルネスティーネは覚悟を決めた。
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