非業の死を遂げ転生した俺が異世界の神にサルベージされ最凶武器を操る天下無双の魔剣士となり殲滅覇王の二つ名を得た話〜No Gore No Life〜

澤田啓

第1話 或る男の死

 令和×年×月某日、K市立中央市民病院の消化器外科病棟にある507号室内にて……鵜久森愛鸞うぐもり・あらん(32歳)の生命の灯火は、今まさに尽きかけんとしていた。


 前年度に行われた、会社の福利厚生費で助成を行なっている人間ドックにおいて……ステージⅣの膵臓癌が発見され、手の施しようもないまま主治医の告げた余命半年がほんの少しだけ過ぎたこの日に、自身の意識を保つことすら覚束なくなってしまっていたのだった。


「あぁ……ぁ………死に……たくない……………。


意識は……途切れ………途切れ………やのに…………何で……この痛みは途切れへんねん…………。


モルヒネ………パッチも……もう効いとらんがな……………。


俺が……何をしたんやっちゅうねん………真面目に……生き………とっただけやないか…………。


俺には……妻も………まだ三歳になった……ばっかりの娘かって……おるんや……………。


頼む……神さんが………おるんやったら…………俺を連れて行かんといて………くれ…………。


百合子と……桃子の……そばに……居られるんやったら………神でも……悪魔でも………何でも構わへん………から…………」


 混濁した意識の中で、うわごとのように呟く愛鸞の声を聞き取る存在は……彼が今生への心残りとして名を挙げた妻の鵜久森百合子うぐもり・ゆりこの滂沱の涙が流れる顔と、その傍らで横たわったままの父の姿を不思議そうな表情で眺めている三歳児の鵜久森桃子うぐもり・ももこだけであった。


 死を直前に迎えた患者だけが使用を許される『特別個室』の無機質な白い空間に聞こえる物音はと云えば、前述の百合子が漏らす小さな嗚咽の声と……愛鸞の生存を確認するベッドサイドモニタの電子音のみであった。


「パパー?

なんでねとるん?

ももちゃんとあそんであげてーよー」


 病魔に侵され余命幾ばくもない父親の、肋骨も浮き出て痩せ衰えた姿も……死相が張り付いた頬のこけた土気色の顔も……三歳児の眼にはいつもの父親の姿と何ら変わりなく見えるのだろう。

 休日の朝に惰眠を貪る父親に対する不満を述べるよう、無邪気に……そして少し口を尖らせながらも久しぶりに会う父の存在へ声を弾ませる愛娘の声に、横たわったままの姿勢ではあったが、愛鸞は残された力を振り絞るように桃子の方へ震えながら顔を向けた。


「ゴ……ゴメ……ン……なぁ………。

も……も……ちゃん………、パパは………今……お……腹………が……痛……い………ねん…………。

おな……かが……い……た……いん……が………なお……った……ら………いっ……しょ……に………あ………そ……ぼ…………な………………」

 

 声を発するだけで襲い来る、猛獣のあぎとに内臓を喰い千切られるが如き激痛にも……娘を前にした愛鸞は、顔色を失いながらも精一杯の優しさで微笑みかける。


「そうなんやー、パパはおなかがいたいんやってー。

ママー、パパはおかしとかアイスとかをたべすぎたんちゃうやろかー?

アカンねぇ」


 娘の無邪気な報告に、百合子の眼からはさらなる涙の粒が零れ落ち……何の言葉を発することなく、桃子の頭を搔き抱いて小刻みに肩を震わせる。

 そんな妻と娘の姿を見遣りながら、愛鸞は溜息のように息を吐き出した。


 その直後、大きく眼を見開いた愛鸞は全身をビクリと震わせると……口を大きく開いて盛大に吐血した。

 

 ベッドサイドモニタからピーピーと聞く者の不安感を煽る警告音が鳴り響き、各種パルスメーターの表示は常ならぬ激しさで脈打つように跳ね上がる。


 その警告音とモニタ画面の異常にただならぬものを感じ取った百合子は、ビクビクと痙攣を繰り返しながらのたうち続ける愛鸞の枕元のナースコールを掴み取るとボタンを強く押下した。


『鵜久森さーん、どうかしましたかー?』


 病室内の異変を見ることのない看護師の穏やかで、ある意味でのんびりとしたような声を聞いた百合子は……天井に据えられたスピーカーを睨みつけるように叫んだ。


医師せんせいを呼んで下さいっ!

早くっ!!

主人がっ!主人がっ!!」


 ブツリと音声の切れたスピーカーからは、何の物音もしなかったが……ナースステーションでは慌ただしく来たるべき瞬間を迎えるための準備と主治医への連絡が行われているのだろう。


 そしてものの1分も経過せぬ内に、駆け込むように507号病室へとワゴンを押して入る看護師の姿と……それから数十秒後に慌ただしく入室する医師の姿を視認した愛鸞は、吐血した血液の飛沫が両眼へと侵入し、先刻までの白一色であった病室が真紅に染まった視界の中でぼんやりと考えていた。


『あぁ………これで俺の人生も終わりなんか……………。

桃子………ゴメンやで…………パパのお腹が痛いんは………もう治らへんみたいやわ…………。

一緒に遊ぶ約束が………守られへんかって………悪かった………なぁ…………』


 自身の躰の上で、医師が懸命の処置を施していることすら……全身の感覚が完全に麻痺した状態の愛鸞には感じられることはなかった。


 血の赤に染まった視界が、徐々に白いもやに包まれるようにけぶり行くことを知覚しながら……愛鸞は意識を手放して行った。


 そして……鵜久森愛鸞は今生の生を32年の短さで終えたのだった。



【第1話 或る男の死:完】



 



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