ブラッドヴェリィブルー

エリー.ファー

ブラッドヴェリィブルー

 シクラメンの花を煮詰めて作る薬には、イケメンになる効果がある。

 そんなわけない。そんなわけがない。

 私は知っている。そんなできの悪い噂話すら信じてしまう不細工がこの世の中にはごまんと存在していることを。

 私は知っている。シクラメンの花を煮詰めるという方法について考えても見れば、茎や根についてはどうするべきかなど一切書かれていないためかなり信ぴょう性が低いということを。

 私は知っている。イケメンになる効果がある薬など、この世に存在しないことを。

 というわけで、私は必死に薬を作り出すことにした。


「シクラメンの花、ありますか」

「あぁ、シクラメンならこちらにありますよ」

「ありがとうございます。へぇ、こんなに綺麗な花なんですね」

「プレゼント用ですか、ご自宅用ですか」

「いえ、煮詰める用ですね」

「え」

「あぁ、すみません。何か間違えましたか」

「あっ、すみませんすみません。こちらこそ、聞き間違えてしまったみたいで、ちょっとびっくりしてしまって」

「煮詰める用です」

「お客様」

「はい」

「お客様、お客様」

「はい、はい」

「今、煮詰める用とおっしゃいましたか」

「正確には、その汁を飲みます」

「お客様」

「はい」

「当店では、煮詰めて飲む用の花は扱っておりません」

「あぁ、大丈夫です。煮詰めるかどうかは私の自由ですもんね」

「そういう話ではないのです、お客様っ」

「どういう話ですか」

「普通、煮詰めて飲みません」

「でも、イケメンになりたいので」

「イケメンになりたいから、その、なんですか」

「シクラメンを煮詰めようかなって」

「お客様はとっても、それは素晴らしいくらいに、十分にイケメンですよ」

「知ってます」

「お客様、トイレはあちらです」


 シクラメンを煮詰めてイケメンになる。

 おかしい。

 こんなはずではなかった。

 イケメンにはなれなかった。

 何故か犬になった。

 ハスキーである。

 ハスキーは好きだ。実家でチワワを飼っていた時に、野良のハスキー犬がやってきて目の前で食い殺してからというもの、ハスキーの虜になった。母と姉はそのせいで、ハスキーのことを嫌いになり、今では黒魔術でハスキーの絶滅を願っている。

 シクラメンと煮詰める行為とイケメン。そして、ハスキー。

 一体、なんの関係性があるのかと考えるが、深い意味はないのだろう。

 父も、私が高校生の頃に柴犬に変身してしまって、トラックに轢かれて亡くなったのでそういう家系であると思うことにした。

 私はとりあえずナンパをしてみようと町へと繰り出す。誰もがこちらを見るが、その表情はすべて笑顔である。ハスキーとなると、凛々しさや気高さを持ち合わせているものなので、私からすれば近寄りがたいもの、隙を見せるべきではないものと思われると考えていた。けれど、そんなこともなく、皆受け入れてくれる。

 これなら別にイケメンになれなくてもよかったと本気で思えた。

 私の魔法、魔術、呪い、なんでもいいが。成功はしなかった。

 けれど、願いはある程度叶ったと考えて問題ないだろう。

 私は、自分が社会の枠組みから外に出ることができたと、実感していた。

 監禁され、自由がない時間。それらを忘れてもう一度人生をやり直したい。

 被害者になった過去が、加害者であることを宿命づけたあの瞬間すら霧散していくかのようであった。

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