第8話

 私たちはまた歩いていた。さっきの通路はゴーガルに警戒されているようだったからだ。あの広い空間には、いくつかの通路が繋がっていた。回り道をして、他の出入り口から突入することで、ゴーガルをかく乱して、少しでも時間を稼ぎたい。

 今度は私とアリスの二人が先頭を歩く。私の方向感覚が正しければ、そろそろ隣の出入り口に着くはずだ。

「シラユキの作戦、きっとうまくいくよ」

 アリスが、私を励ましてくれる。

 そう、今度の挑戦は、さっきみたいな考えなしじゃない。私の作戦が採用された。ポレゼさんたちが食べ物にありつけるかは、全て私の作戦に掛かっている。

 そう思っていたら、気づかないうちに、体中が緊張で力んでいたようだった。アリスが無邪気に笑いかけてくるものだから、感じていていたプレッシャーが少しずつ和らいでくる。

「うん、頑張ろう」

 私は顔の前に拳を作って答えた。

「アノマリーの中心も、木の上にあったしね」

「え、そうだったの!?」

 思わぬ情報に、ついつい声が大きくなってしまった。というか、言われるまですっかりアノマリー退治のことを忘れていたよ……

「うん、さっき木に登ったときに見つけたよ! だから、ポレゼさんたちに食べ物を渡せたら、ボクたちはそのまま帰れるね」

 それは安心できる話だ。頑張ろうという気持ちが、より湧いてくる。

 けど、そこで。さっきも抱いた疑問が、口を突いた。

「で、でも、私たちがアノマリーを退治したら、そこに住んでいるポレゼさんたちやゴーガルはどうなってしまうの……?」

 それはアリスも以前に突き当たった問題だったのか、すらすらと答えてくれた。

「それは、気にしなくてもダイジョーブだって、ボスが前に言ってたよ。たしか、『裏返ったものを元に戻すだけだから』だって」

「裏返ったものを元に戻す……?」

 抽象的な言い回しに、ついついオウム返ししてしまった。元に戻すだけだから、ポレゼさんたちは無事だと言うのだろうか。これだけではちょっとよく分からない。

「気になるなら、帰った後にイッショにボスのところに行って、聞いてみようよ!」

「そ、そうだね」

 何だか、うまく丸め込まれてしまった気がするな。私はボスさんのところに行くつもりはなかったのだけれど。

 そうこうしているうちに、目的の場所にたどり着いたようだ。通路は再び、さっきの開けた空間に突き当たる。

「みなさん、準備は、良いですか?」

 私は後ろを付いてきたぬいぐるみの小人さんたちに振り返って、最後の確認をした。色とりどりのぬいぐるみたちが、めいめいに頷いた。

 その中でも特に、ポレゼさんを含めた4人の小人さんたちが、私とアリスの周りに集まってくる。全員で突入してもいたずらに危険が増えるだけなので、今回は木登りが得意な小人さん4人とアリスと私だけで、食べ物を採りに行くことにした。

 通路の出口から顔を覗かせて、開けた空間の中の様子を確認してみる。ゴーガルはちょうどこちらに背を向けて、さっきまで私たちがいたほうの通路をじっと睨んでいるようだ。

 今が絶好のチャンスだろう。

「それでは、また。3、2、1の合図で突入しましょう」

 私の言葉にアリスが頷く。

「3、2、1」

「「スタート!」」

 最後の掛け声は、私の声にアリスの声が重なった。もちろん、ゴーガルに気づかれないように、二人とも小声だったのだけれども。それでも、息ぴったりで、アリスと私は開けた空間へと体を躍らせた。

 アリスは、その水の魔法を使ってゴーガルを足止めする役目。そして、ポレゼさんたちは、木に登って食べ物を採る役目だ。では、私の役目は何なのか。これはずいぶんと単純な話だった。

 私は、ポレゼさんともう一人の小人さんを抱えて、一目散に青い綿の樹木へと駆け寄って行った。アリスを信じて、ゴーガルのほうには目もくれない。そうだ、私の役目は運搬係。とにかく何度も往復して、小人さん自身や食べ物を繰り返し運ぶ、それだけだ。

 魔法も何も使えない私にできることと言ったらそれくらいなのだ。それでも、小人の皆さんの役に立てる方法があって良かった。とにかく今は、自分の役割に徹する。

 すぐに木のふもとにたどり着いて、ポレゼさんたちを下した。そこでくるっと反転して、私はもう2人の小人さんを連れに戻る。

 アリスがこれ以上足止めできそうにないと感じたら、アリスがただちに号令を出すことになっている。そうしたら、私とアリスでポレゼさんたち4人を連れて、すぐに退避だ。これなら安全なはず。

 4人目の小人さんを木のふもとまで届けると、既に足元には緑の球体がいくつか落ちていた。ポレゼさんたちが採ったものだろう。今度はこれを、通路のほうに残っている小人さんたちに届けなくてはならない。

 昨日から、どうしてか走ってばっかりだ。この調子だと運動不足も解消かな。

 とはいえ、作戦を考えたのは自分なので、そこに文句を言っても仕方がない。とにかく足を動かさないと。

 通路のほうに球体を届けて、また樹木に戻るために体の向きを反転させる。体育の体力測定でやるシャトルランみたいになってきた。

 そこでアリスの様子が視界に入った。さすがにずっと私たちの存在に気づかないほどゴーガルも甘くはないようで、すでにアリスの水流とゴーガルの力比べが始まっていた。先ほど同様、少しアリスが押されているように見える。けれど、それでもいい。この力比べは勝たなくてはいけないものではないのだ。なるべく決着がつくのを遅らせて、その間に私たちができる限りたくさんの緑の球体を採ってくるというのが目的なのだから。

 アリス、もうちょっとだけ頑張って。

 走り回って息も絶え絶えな私は、言葉にはせずに心の中だけでアリスにエールを送る。

 それから、私は何往復かして、着実に球体を運んでいく。

 私たちは作戦開始前に、確保する球体の量についてポレゼさんたちと話し合っていた。ポレゼさんたちの要望で、球体はあまり採りすぎないことになっている。彼ら曰く、ゴーガルの分をちゃんと残しておきたいそうだ。完全にゴーガルを悪者扱いしていた私は、その提案にはっとさせられてしまった。いくら乱暴をされて迷惑を被っていても、彼らはあくまでも、同じ世界に共存する存在だったのだ。それと同時に、ゴーガルをなるべく傷つけないでほしいとも言われた。そちらについても、アリスの水の魔法なら心配いらないだろう。

 その話し合いの中で、目標となる球体の数を決めていたのだけれど、それはもう少しで達成できそうだった。あと二往復できれば十分。

 運んできた緑の球体を通路に置いて、アリスのほうをちらりと見やる。彼女の頬には汗が浮いていた。さらに、じりじりと押されているようで、いつの間にか樹木から10メートルくらいの距離までゴーガルに迫られている。これ以上近づかれると危険かもしれない。

 そろそろ潮時かな。

 樹木のふもとに着いたら、私のほうから撤退の号令を出そう。ほとんど目標に近い数は手に入ったし。

 そう思って再び駆けだしたとき、脳裏に危険を知らせるメッセージが届いた。これはポレゼさんのテレパシーだ。でも、ゴーガルはアリスが押さえているのに、他に危険なんて。

 私が慌てて樹木のほうに視線を戻すと、樹木の向こう側に、何か大きな影が見えた。それが何の影であるか気づくとともに、私は自分の目を疑ってしまった。

 2体目のゴーガル!?

 ゴーガルが複数体いるなんて聞いていない!!

 もしかしたら小人の皆さんも知らなかったのかもしれない。2体の見た目はほとんど同じで、同一の個体だと言われても納得してしまうくらいだった。2体が一緒にいるところを見たことがなければ、複数体いるなんて思いもよらなかっただろう。

 その証拠に、通路で待機している小人さんたちが見るからに色めきだっているのが分かった。

 ポレゼさんたち木登り組の4人は、泡を食ったように木から降りて、こちらのほうへと駆け寄ってくる。けれど、やっぱりその足は遅い。2体目のゴーガルは今にも突進を開始しそうに身構えていた。

 アリスも、事態には気づいているようだったけれど、1体目のゴーガルを押さえるので精いっぱいで、とても2体目には手が回らない。

 どうしよう。このままじゃポレゼさんたちが危ない。アリスだって、2体に挟み撃ちにされたらさすがにまずいかもしれない。

 私の作戦のせいで皆が犠牲になる? そんなのは、許せない。

 みんなを助けなきゃ!

 とにかく、何か私にできること……!


 そのとき突然、私の背中から、桃色の光が爆ぜた気がした。

 そして、猛烈な万能感に襲われる。

 私は、ただがむしゃらに、ポレゼさんたちやゴーガルやアリスたちがいる、樹木のほうへと右手を伸ばして、叫んだ。

「わ、私は、みんなを守りたい!!」

 今ならそれが叶えられる気がしたから。

 自分の声とともに、腕の周りからすさまじい勢いで、太いリボン状の布が何本も伸びていくのが見えた。そのリボンは眩いピンクの光をまとって、2体目のゴーガルの体を取り巻くように飛翔した。

 数拍置いてピンクの光が落ち着いたとき、そこにあったのは。リボンで体をグルグル巻きにされてチャーシューみたいになった、ゴーガルの姿だった。

 あまりの出来事に、ポレゼさんもアリスもゴーガルも、そして当の私でさえも、あっけに取られて立ちすくむ。

「わ、私がやったの……?」

 自分の右腕を見ると、そこにあったのは白い長手袋だった。一本だけピンク色の線が入っていて、アリスとおそろいのデザインだ。学校帰りの私が、こんなものを身に着けているはずがない。ついさっきまでは、素手だったはず……

 そこで、さらに自分の体に起きた異変に気が付く。靴もアリスと同じデザインのブーツになっているし、何より。私は、いつの間にか、ピンク色のフリフリのメイド服みたいな衣装を着ていた。あれ、ローファーは?学校の制服は?

 今の私は、誰がどう見ても魔法少女だと言うような恰好に変身しているのだった。

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