第4話 彼氏

「ごめん。今日、尚平しょうへいくんと帰るから……」

 二時間目の後、顔の前でぱちんと手を合わせながら言う優乃に、菜央は「うん、わかった」とさっぱり答えた。二人で話題のタピオカドリンクを飲みに行こうという話だったが、こればかりは仕方がない。タピオカと菜央ともだちは逃げないが、彼氏となるとやはりそうはいかないのは、菜央もよく分かっている。

「ほんとにごめん。今度埋め合わせする」

「いいって、気にしなくても」

 頭を下げ続ける優乃に、菜央は笑みをこぼした。


「いいよね、彼氏いるの」

 さらっと口にした菜央に、優乃は目を見開いた。ミニハンバーグを口に運ぶ手が空中で一瞬だけ止まっていた。

「菜央でもそういうこと言うんだ?」

 へー意外だな、とばかりに優乃は芝居がかってうなずく。

「まあ。てか、普通にうらやましい。好きな人とちゃんと付き合ってるの」

 菜央をちらりと見上げた優乃は、そのせいかな、呟いた。

「菜央のって、単純に彼氏が欲しいって感じじゃないよね」

 こう、なんて言うんだろう、と眉間に皺を寄せる優乃に「うん、そういうのある」と曖昧に相槌を打ってから、菜央はふと目を伏せた。

 自分にとってという名前の存在が欲しいのではない。好きな人ができて、その人に好かれて、お互いにとって唯一無二の特別な存在になりたい。

 だが、今の菜央にはそれが叶わない。

 恋愛そのものが嫌になったわけではない。失恋で付いた傷は、瑛治と話すとまだ五回に一回くらい痛む。ただ、恋の傷は新しい恋で癒やす、というふうは割り切れない。

「他に考えなきゃいけないことが増えたっていうか」

「他?」

 まとまりのない菜央の言葉を聞いていた優乃が訊き返し、玉子焼きを口に放り込む。

「まあ……家のこととか、いろいろ」

 家族、進路、将来。菜央の考えるべきことは目の前にごろごろ転がっている。恋が終わってしまった後、恋愛に割ける頭の容量はかなり少なくなった。

「家かあ、家ねえ」

 ぶつぶつと繰り返していた優乃は、「それマジでわかる」といつになく真剣なトーンで呟いた。

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