第2話 進路
「うちから通える国公立は嫌?」
進路調査のプリントを見た母:
「女の子の一人暮らしだから――お父さんも心配するよ。」
ソファーに座る菜央から目を逸らし、また一口、葉子はハヤシライスをスプーンで掬う。
菜央の志望した大学は、全て首都圏にあった。特に第一志望は都内にある。
「女の子だからダメなの?」
揚げ足なんか取ってみっともない、と思いながら菜央はテレビのニュース番組から目をそらさずに言う。図らずもやや尖った声だった。
皿とスプーンが触れ合ってカチャリと音が立った。
「そうじゃないけど……でも
葉子は少し迷ってから、長男の名前を出した。
受かったら県内か隣県の国公立、落ちたら県内の私立――それがこの辺りの常識。菜央の十歳年上の兄:楓は小中高と公立に通い、県内の国立大学を卒業し、数年前に県外で就職した。彼の辿ったルートはまさに王道と言える。
県内の国公立に自宅から通う学生が圧倒的に多いなかで、菜央のように首都圏の大学を目指す高校生は少数派だ。よほど珍しい分野を目指すわけでなければ、県内ないし隣県の大学で事足りる。
「東京って物価も高いし、治安も心配だし、そもそも一人暮らしって……。」
わかるでしょ、とでも葉子の視線は言いたげだった。
菜央は、それに射抜かれてもなお無言を貫いた。
どんなに逆立ちしても、菜央は学生の身だ。バイトだけで学費と生活費とを賄いきれるとは思えない。両親の意向を聞くのはもはや義務だ。だが、どうしても――。
「なに、菜央、東京行きたいんだ?」
ドアの開く音と共に突然リビングに入ってきた柚希は軽い口調で言いながら菜央をちらと見た。「ちょっと、盗み聞きはやめて」と眉根を寄せる葉子に「聞こえただけだよ」と笑い返して彼女は冷蔵庫へと向かう。
「いいよねぇ東京。あたしも高校のときは行きたかったわ。」
柚希は缶チューハイを取り出して、プルタブを開けた。一口飲み込んでから、「渋谷でしょ、新大久保に、あと吉祥寺……」と指を折りながら次々に都内の地名を挙げてゆく。高校生だった頃の柚希では進学のための上京というよりは遊びに行くようなものになっていただっただろう、と菜央はつかの間幼い頃に見たかつての姉の姿を思い出していた。
「受かったら遊びに寄らせてもらうね。」
菜央の隣に勢いよく座った柚希は、陽気にチューハイをあおりながら機嫌良く言う。
「……これはとりあえず保留ね。菜央はまだ一年生だから今まで通り三科目を中心にちゃんと勉強して、今の評定をキープしていれば良いから。」
葉子はそんな柚希の乱入を不満げに見ながら、菜央にそう言った。頼むよ、と言わんばかりの葉子の目から逃れるように、菜央はニュース番組のコメンテーターの大きなほくろを見つめていた。
「それは、わかってる。大丈夫だから。」
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