第1話 建売一戸建て
「今度、ミナミが結婚するんだって。」
姉:
「おめでたらしくて。もう三年ちょい付き合ってて、周りも前から『いい加減結婚しろ』って言ってたし。」
「あら、よかったわねえ。」
にこやかに答える母:
「柚希は?そういう話はないの?」
「ないよ。そもそも全然出会いないし。」
やや投げやりに柚希は答える。
「一生独身とか言うんじゃないでしょうね。」
眉を寄せる葉子に対し、柚希は乾いた笑い声と共にひらひらと顔の前で手を振る。
「それはないって。むしろ絶賛募集中だし。」
「それならいいけど――、早く誰か捕まえなさいよ。昔はね、『クリスマスケーキ』なんて言って……。」
葉子はいかにも深刻そうな声で言う。
「バブルかよ!」
柚希の鋭いツッコミで、二人は声を揃えて笑い出す。
「じゃあ
話題は柚希の二歳年下の弟へと移る。
「楓こそ望み薄でしょう。今まで彼女連れてきたことなんて一度もなかったじゃない。」
葉子の言葉に、まあそういうタイプじゃなかったもんね、と柚希も同意する。
「でも、そこが婚活で売れるんじゃない?二十代半ば、女性経験ほぼなし、国立大の理系卒、手堅い仕事――ほら、いけるいける。」
酔いが回ってきたせいか機嫌の良さそうな柚希に、そうも世の中うまくないわよ、と葉子は苦笑いした。
「
柚希の声で、話題が自分に向くのを感じ、菜央は思わず身を固くした。二人に悟られないように細く息を吐き出す。
「やだ。菜央には早いわよ、そんなの。まだ高校生なんだから。」
いかにも教師然として葉子は断言する。お得意の「学生の本分は勉強」というフレーズが背後に隠れているのを感じ、菜央は手元の本に目を走らせながら聴覚をシャットアウトさせようとする。
「んなことないって。彼氏持ちなんてごろごろいるでしょ。それに、あたしが初めて付き合ったの、中学のときだったし。」
アルコールのせいか、珍しく柚希は自身の黒歴史時代の話を持ち出す。
「あんたのは別よ。」
呆れたように、力の抜けた声で葉子は笑った。
菜央は読んでいた本を手にソファから立ち上がり、階段を上った自室へと向かう。
柚希が「え、なに?」と菜央の後ろ姿を見る。
「ほら。そもそも菜央は潔癖なんだから。」
階段の途中で聞こえてきた、葉子が笑いながら言う声。
音もなく、菜央は自室のドアを閉めた。
「違う。」と菜央は小さく呻く。
潔癖なんかじゃない。ただ秘めた想いを殺して、それが成功しただけ。
あの日からやっと二か月。夏休み明けの、明らかに変わった
そして、あの恋をなかったことにしたい自分としたくない自分。
外から見ただけでは、内で何が起こっているかなんて誰にもわかりっこない。
まるで、この住宅街の建売一戸建てのように。
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