第25話
「おい! 分かるが落ち着け!! 紫苑には一族だから耐性はあるけどな、流石に限度超えで結界が壊れる!!!」
剛の必死の呼びかけにも無反応。
力が無限に膨れ上がる。
――――このままでは現在この沖ノ鳥島にいる全てが、此処にいる紫苑を含めた四人以外は圧し潰されるだろう。
「紫苑! ダメ!!」
「まて紫苑! まだ他にも一族がこの島に居る!!」
言葉を聞いた瞬間、圧が落ち着いた。
流石次期当主として育てられただけに、一族を優先出来る。
なにより瑠華の声は紫苑に一番効くのだ。
――――だからこその赫怒の怒りでもあった訳だが。
自分がまんまと嵌められた事も、心を搔き乱された結果決めたことで瑠華を独りにしてしまったのだという事実も、怒りに拍車をかける。
これだから瑠華は自分を選ばないのだとも――――内心自嘲と共に諦め独り言ちた。
その声は誰にも届かない。
「一族が居る? 他にも?」
表面上は冷然とした様子で落ち着いて見える紫苑。
眉間の皺も相変わらずではあるけれど。
その眉間を心配そうに見つめる瑠華。
これもいつも通りだった。
本来ならば、瑠華はこうなった紫苑の眉間を優しく指で撫でるまでがワンセットだったのだが、彼女は久しぶり過ぎて遠慮してしまったのだ。
――――その事で余計に紫苑が負の感情を蓄積させるとも知らずに。
「ああ。同じ"Sクラス"に居た、と思うんだよ。何となく分かるんだけど、確信が無い状態だが、多分何かされてるってのは気付いたな、お陰様で。つまりオレにはあまり強くかかって無かったんだろ。気付いたわけだから。もしくは一族の"操作系"への耐性を甘く見積もったって所だな」
凱が忌々しそうに腕を組みながら指で腕をトントンとしながら嘆息する。
彼の言葉で、瑠華は自分が如何に抜けているか思い知った。
慌てて謝る。
「ごめんなさい! 皆のも全部"解除"する。何か埋め込まれていないかも"探査"してから"綺麗"にして、"二度と出来ないように"もするから!」
金と瑠璃の美しくも儚く、目を瞠るほど幻想的な輝きが結界内に乱舞した。
虹の結晶が鳴り響いているような夢幻の歌が弾けてこれでもかと舞い踊る。
瑠華が全力を出したのだ。
出し惜しみ無しの本気も本気。
"人類側の切り札"が後々の事など考えずに、思い切りその力を振るった。
いつもならば絶対にこれほどの出力や威力は出さないし出せない。
今は信頼も信用も出来る大切な仲間で家族が居ればこそ。
自分に何かあった場合でも、心の底から安心できる状況だったから。
何よりそんな宝の様な存在に対して、金輪際好き勝手させるつもりはなかった。
――――紫苑を騙した事も、剛を貶めた事も、凱について一切の言及が無かった事にも、腸が煮えくり返っているのだ。
自分はどうでも良い。
人類を延いては大切な存在達を結果的に守る事にもなるのだから、過酷な戦場にばかり送り込まれた事も平気だ。
これからだって堪えられる。
だが――――紫苑達を良いように扱った事は許さない。
皆の願いをよくも利用した……!
瑠華も必死に探していたからこそ分かってしまう。
実に良い駒だったのだろうと。
それを理解した上で使われていた。
――――どうしても、どうしてもどうしても逢いたかったから。
「……これでもう心配は要らないわ」
考えながらも完璧に有言実行した瑠華は、本来の、偽物ではない温かな微笑を浮かべる。
椿や薫にも心からの笑みだったが、やはり柔らかさと思わず見惚れる輝きは今が断然に上だろう。
無意識ではあるが、常に心を武装していた時に出会った人物と、無邪気な頃からの相手ではどうしても差違が出る。
「ありがとう、瑠華。……って、新入生の名簿見た時に違和感を感じてた理由分かったぞおい!」
歓喜あふれる剛の声に、凱も力強く肯く。
「そうなんだよ! ”あれ? 一族じゃないかな”って思ったのが完全に一族の生き残りだって分かった。流石だ、瑠華! 本当に助かった、ありがとう!!」
凱にしても満面の笑みだ。
何かうまくは言えないが引っかかっていた事が取り除かれたのだから、凱の喜びも一入。
二人そろって紫苑へと何かを言いたげに視線を向ける。
それから恥ずかしそうに縮こまっている瑠華へと意図的に眼差しを移動。
二人の表情と視線にイラっとした表情の紫苑だったが……瑠華が紫苑には迷惑だったのではと落ち込んでいるのが伝わって、渋々口を開く。
「瑠華、助かった。一族の生き残りが分かったのは重畳だ」
瞬時に二人の突込みが入った。
「「言い方!!」」
それに紫苑が膨れたようにそっぽを向く。
いつも通り過ぎる光景に、瑠華は思わず綺麗で温かな笑みを浮かべていた。
懐かしくて大切で守りたかったソレ。
また目の前で見られるだなど……夢を見ている様だ。
幸せで幸せで怖くなる。
――――自分の罪を忘れそうになって、瑠華は表情を引っ込め、作り物の笑顔を張り付けた。
作られた仮面を被ったような表情の瑠華を見て、三人が心を傷めたのにも気づかずに。
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