第19話
遠くを見る眼差し。
その瞳には様々な感情が去来していた。
……どこか暗い色さえ混ざるそれは、いつもの彼女であれば隠し通した事だったろう。
だが今日は、瑠華という彼女にとっての大切な友人との再会で思わず心が解れてしまった結果、魂の底の底に封じていたモノが僅かとはいえあふれてしまった。
「私の一族の始祖はね、”一位の木の精”が愛した人。で、その子孫達にとって”一位の木の精”が先祖。何千年も前らしいけどね。山と山の間。小さな盆地。周りの山々含めて”一位の木の精”が治めてる。その領域では精霊も妖怪も妖精も……神と呼ばれる存在さえ、”一位の精”に従ってた。名前もあるんだけど、一族の長しか呼んだらいけないからね、秘密。あそこの盆地には一族か郎党しか住んでない。村全部が私の一族関係っていう特殊な土地」
嬉しそうに、懐かしく良く分かるという表情の瑠華に視線を戻した椿。
「瑠華の所も?」
聞かれて一瞬息が止まる。
気がつかれない様に顔に笑みを浮かべた表情を貼り付けた。
「元々はね」
懐かしい、古くとも風格があり、華美ではないけれど重厚な広い広い日本家屋。
その屋敷は山の中腹にあり、川を隔てて外界から守られていた。
大きな山だった。
高さはそれ程でもなかったけれど、横になだらかで広い優しい山。
山々に透き通る川、湖を含み辺り一体が全て一族の、一族だけの――――
「私の家は当主の補佐をするのが代々の役目だった。当主に何かあったら代わりになったり、次代が育つまでの後見人も役目の内で……」
胸が詰まる。
――――全てが台無しになった日の事は忘れた事が無い。
……私の家が招いた事。
――――騙されたのだと、嵌められたのだとして、それが一体何の言い訳になるのだろう。
何も悪くは無いのに破滅させられた方にとって、何の救いにもなりはしない。
ましてや補佐が主家を……――――
――――償わなくてはいけないのだ、紫苑に。
次期当主の紫苑には、どうあっても償わなければ。
それだけではない。
一族の皆に償わなければ。
私は紫苑を支えなければならなかったのに。
一族を支えなければいけなかったのに。
次期当主代理として相応しくあらねばならないと約束した。
紫苑を守ると、生き残りの一族を助けると、どんなことをしてでも必ずと、亡き母に約束したのだから。
――――もう、紫苑の隣に居られないとしても、だ。
最後のつもりであの日出掛けたのを思い出す。
本来はあの日――――
「椿ちゃんの一族だと力は植物関連?」
唐突に話を変えた瑠華に面喰いながらも椿は肯く。
「そんな感じかな。”一位の精”が出来る事は出来るっていうのが家の一族だから。あ、ルカの所は祀ってたりとかはないの?」
苦笑がもれる。
それが何だか心地よく感じてしまい、益々笑みが歪みそうになったのを軌道修正し、優しい笑みを浮かべた。
「…特にいないのよね。ってあ、そろそろ時間」
密に十五分前に知らせてくれるよう頼んでいた、ブレスレット内臓のAIであるらしいステラからの連絡を受け皆に促す。
……答えを彼女が逸らした事に気がつかれずに。
それが果たして幸いであるのかも今はまだ、誰も知らない。
「皆さんそろいましたね。では『杖』を出してみましょう」
時間ピッタリに現れた教官陣の中から、霧虹が一人前に出て告げた言葉に、やはりまた騒然とした空気に訓練場は包まれた。
当然だ。
この場で『
「『杖』は『
ピシッと音さえ聞こえそうな姿勢で手を挙げる少女に目が留まったらしく、霧虹が指名したのは、意志の強さと若干の気の強さを感じさせる、ツインテールも良く似合った、これぞお嬢様の見本という小柄な少女だった。
「では、この場に居る学生で、既に紋章の見えない人物は『杖』を自由に使える存在であり『
ハキハキと小気味の良い清涼な小鳥の様な美声。
皆が注目する中でも堂々と話す姿は、人前に立つことにあまりにも慣れていた。
「勿論です。中には見えないところに『紋章』がある人物もいるでしょうが、すでに『
あまりにもイケシャアシャアと満面の笑顔で告げる霧虹に対して、両脇の暁と魅夜が覿面に曇るのを見てしまい、瑠華は自分にも多大に関係があるにも関わらず、ひたすら二人を含めて皆へと心配の込めた視線を送ってしまうのは……実に彼女らしいといえるだろう。
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