第10話
「僕、
大きな瞳がこれでもかとキラキラ輝く。
薫を含めて家族の命の恩人で、命も預けあった大好きな兄の知り合いかと思うと心の弾み方は天井知らず。
更に言えば、この少年には目の周りにも手の甲にも紋章が見当たらない。
加えて瞳の色も変わっているのだ。
つまり――――
「……私は
恐る恐る瑠華が答えると、薫の背後で大輪の花がポンッと咲いた。
「うん!!! それは兄さんだ!!!! 瑠華だね、覚えた!! 兄さんを知っていて、『紋章』は既に身体に馴染んでいるって事は、パラディ――――」
「あ! あぁあのですね、ええと…」
ワタワタと見るからに挙動不審になる瑠華を見て、薫少年も遅まきながら気がついた。
「ご、ごめん! 浮かれちゃっててもダメだよね。本当にごめん!」
薫まで大いに慌てだした事で瑠華は逆に落ち着いた。
けれど逆に周囲の注目度合いは更に跳ね上がる。
理由を知っている者と、分からないながらも重大事と判断した者に別れるが。
「こちらこそごめんなさい。廉…黒羽さんの弟さんなら私達と同じなのに」
薫は彼女の言葉で完全に確信する。
このクラスに配属された時点で所謂化け物の類だ。
その上で私達と言ったのはつまり、あの緋色の髪と瞳の少女も含み、彼女達は兄や自分と同類。
潜在能力だけは高いが、使い物になるか、はたまた人類を裏切るかは未知数の浮ついた『
即ち、世界的にみても凄腕で生え抜きの、真に人類の守護者たる正に『英雄』と呼ばれる存在だと。
「薫で良いよ。兄さんの事も名前で呼んでるんでしょ」
薫は珍しく心の底からニコニコとしている。
一見愛らしいとさえ言える美少年なのだが、可愛らしい猛禽類に懐かれた印象を思わず抱いてしまうのは何故だろう。
「ちょっと! 何ウチら無視して話てるの!?」
「酷いわー」
「常識知らずはそちらでしょ?」
「綺麗な娘の前だからかな」
「言えてる〜」
「君も兄がこの学校に居るのかな? 聞いた事無いけど」
6人組が次々に不快感も露わに薫へと矢継ぎ早に非難をするが、薫は嘲笑を張り付けて一瞬ちらっと見てから完全無視。
「ねえねえ、瑠華って呼んでも良いかな?」
6人組の更に険しくなった視線を受け、戦々恐々と内心はなりながらも、瑠華は薫に微笑んで肯いた。
6人組には大変申し訳なかったが、やはり薫同様に、文字通りの地獄を堕ちずに生き残った戦友だという意識があるからだ。
「勿論。廉…さんから薫…君の話は聞いていたのよ。二人で『マイハマブレイク』を…って、ごめんなさい」
うっかり口を滑らせた。
千葉にある鼠の国はあの日、『
『ブレイク』と言うのは、『
土曜日でハロウィン当日だった、かの鼠の国の惨劇が、数あるこの国で起こった悲劇の中でも突出して有名なのは、同時期に発生した『シブヤブレイク』が『マイハマブレイク』よりも強力な個体を含み数まで段違いに多かったにも関わらず、紫苑と瑠華の活躍でほぼ押さえ込みに成功した上、情報統制が可能な休暇を満喫中の人物がいた結果、本当に一番最初でまったく同時だった『シブヤブレイク』よりも、特に『マイハマブレイク』は人々の記憶に残っていた。
まだ派手に報道する余力があった時期であるのも大きいだろう。
「ちょっと!」
6人組の女子の一人が、瑠華の肩を強引に掴もうとしたのだが――――
「彼女は関係ないと思うよ。抗議したいなら彼だろ」
瑠華の方へと届く前に腕を捕まえたのは、明るい茶色の髪に空色の瞳をした真面目そうな印象の背が高い美形の少年。
6人組とその少年に一触即発の空気が流れる中、構内にベルが鳴り響く。
無言で険しい表情の少女が腕を振り払い、6人組は席に戻ったのを確認した後、明るい茶色の髪の少年は軽く瑠華へと会釈してから席に着く。
彼女も会釈をし返し、薫はそれを冷静に観察し終えてから悠々と瑠華へと手を振りながら席に座る。
まるでそれらすべてを見透かしているかのように教室のドアが開き、紫の肩章と飾緒付きの黒い軍服を着た教官と2名の副教官が入室した。
同時に教室の皆が起立したのだが、数人は些か遅れてしまう。
現在の学校教育に疎い者達だ。
つまりはとっくに『
これ等に気が付いた者はやはり少数で、大半の者はそれ等に失笑や呆れを浮かべてしまう。
気が付いた教官として配属された霧虹は、早速仕事をしようとしたのだが……それは止められた。
「すみません。遅れました」
その言葉と共に入ってきたのは、誰もが押し黙るほどの優れた容姿を持っていた。
輝く金の混じった朱鷺色の髪に、人懐っこさと意志の強さを感じさせる輝く赤紫の瞳。
爽やかさを感じる美貌は正義感の強ささえ滲ませる。
背も高く、マッチョと言うほどではないが、確かに筋肉を感じさせる文句のつけようのないバランスの取れた身体を一目見るだけで、男女問わず思わずため息が漏れるだろう事は疑いない。
瑠華が見知った懐かしい面影に驚愕しているのを、件の少年はこれっぽっちも気が付かず、慌てて指定された席に着いた。
それを確認し、今度こそ口を開こうとした霧虹はまた沈黙を強いられることになる。
無言で入ってきた長身の人物は、本人としては威圧感も殺気も何もかも、出来得る限り抑えるだけ抑えていた。
にも拘らず、瑠華と教官以外の全員が冷汗を滝のように流しながら思わず席を立って瞬時に臨戦態勢となるか、座ったまま停止した様に身動き一つ取れずに硬直するかの二択。
「――――紫苑……」
瑠華の己でも知らずに漏れ出た呟きが、不思議と教室中に波紋の様に響き渡った。
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