第8話

 早く寝たにも関わらず疲れが取れてはいなかったのか、瑠華が気が付いた時には入学式は終わっていた。


(……どうしよう……何も覚えていないなんて……寝ていたのを皆気がついたよね……穴があったら入りたい…というより埋まりたい……)


 皆が立ち上がり出て行く中、彼女の内心は焦りと羞恥と自己嫌悪で大変な事態になっていたのだが――――

 それでも叩き込まれた礼儀作法により、絹を思わせる柔らかで美しい髪をたなびかせ、泰然自若と新入生の最後尾を優雅に歩く様が、激しく人目を惹きまくっている事にもやはりこれっぽっちも気がつかない。

 何せ瑠華の自己評価はマイナスを天元突破しているのだ。

 だから本当に微塵も気がつかない。

 入学式の最中、彼女は意識を確かに飛ばしてはいたが、既に本能に刷り込まれている諸々のお陰で、、神秘的で静謐な眼差しを湛えるまさに春風駘蕩な絶世の美少女にしか見えなかった事にも。


 ――――世界中の皆が、どの国かの区別もなく、『超越者トランセンダー』の専用学校の入学式を注視し、その生放送の視聴者数が地球の総人口に占める割合が平均6割を超えるという事実にさえ、彼女はとことん無知だった。


 この世界において、それこそあらゆる面で、言葉の綾でもなく真実全てを握っているのは『超越者トランセンダー』だ。

 その存在無しには人類は決して存在出来ない。

 だからこそ、将来の『超越者トランセンダー』の卵である『覚醒者アーカス』は世界中で注目の的。

 強く優秀な『超越者トランセンダー』が一人でも多ければ多い程、文字通りのだ。

 関心を向けない方がおかしいだろう。

 ましてや日本は質・量共にトップクラスの『超越者トランセンダー』を有しているのだから、将来の英雄が正負ない混ぜの圧倒的な関心を集めるのは仕方がなかった。


 日本で唯一の『超越者トランセンダー』専用学校の入学式は普通の人類ばかりか、全ての『階位』の『超越者トランセンダー』でさえもが非常に興味津々で、皆が皆、視聴しないなどあり得ないというのが誓約じみて浸透している有様。

 それ故に方々からの凄まじい圧力が掛かりに掛かり、沖ノ鳥島にある国内無二の存在である『曙 超越者トランセンダー育成高等専門学校』の入学式は、三年前の開校以来全世界同時生放送だったのだ。

 それ以外の学校行事でさえも。

 勿論テレビと動画両方で。

 他の『超越者トランセンダー専用学校』入学式の比ではなく、皆が仕事や学業そっちのけで、むしろ公的機関や会社、果ては学校でさえも、全てを取りやめ視聴している有り様。

 そう、時差をものともせず、全人類が同時に視聴していると言っても過言ではなかったのだ。

 見ながらのSNS使用による回線のひっ迫は、もし『超越者トランセンダー』『迷宮ダンジョン』『怪物モンスター』由来の技術無しには解決しえなかっただろう。

 同時に、それらが無ければここまでひっ迫する事態にもならなかったかもしれない。


 自分達の多大なる価値にも、異常といえる注目度合いにも、人類皆が向けてくる枷の様に絡みつく逃げられない希望でさえ、現在の最上級生である三年生、去年入学の二年生、そして新入生といえど誰もが理解していた。

 勿論

 故に在校生は新入生へと見合う十分な歓迎を示したのだ。

 内外へと力を誇示し見せつけつつ。

 使という最高のプレゼンテーションを兼ねながら。


 それに一切揺るがず超然と座る、人間離れした美貌を誇る『超越者トランセンダー』の中でも他の追随を許さぬ美少女が、一体どう皆の瞳に映ったか。


 ――――しかも見た事の無い肩章と飾緒の色。

覚醒者アーカス』であるのなら、瞳を中心に紋章が無い彼女。

 そして制服に施された刺繍の意匠。

 更に左手首にはめられたブレスレット。

 止めに昨日の寮前での騒ぎ。


 常に傅かれた上あらゆる優遇を受け、皆の視線も関心も心や命さえも全て自分に捧げられるのが当たり前な存在達にとって、毛頭眼中に無いと、こちらが言われたも同然だったのだ。


 それが実は瑠華の記憶にさえ残っていないと知られたならば。

 彼女の認識のズレと合わさったなら。

 更に瑠華が現在無意識に提示している情報も加わって、一体何が起こるのかは未知数。

 少なくともロクな事にはならなのが確定している。


 自尊心を肥大させただけの弱者ならばまだ良い。

 否、自尊心と性根が腐っている悪知恵に長けた小物は質が悪いのは周知の事実。

 相手の足を引っ張り貶め引き摺り下ろす事に全てを賭ける者もまた。

 それを焚き付ける存在には彼等彼女達は格好の薪にしかならない。

 だが――――


 コレ等が可愛いとさえ思える者。

 何より力のある凶者や狂人。

 普通でさえ危険な存在。

 其れ等は瑠華が、というよりすべからく誰もが興味を持たれてはいけない相手だ。

 その連中の心さえ、確かにうっかり消えない引っ掻き傷をつけてしまったのは……悲劇というか喜劇というべきか。

 それが世界をどう動かすのかも、まだ全ては未知数だった。

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