第5話

「白鴉さ…様。人目もありますし、そこまでに」


 瑠華はうっかりいつも通りの呼び方になりかけたのを、どうにか言い直して白鴉を止める。

 実際、寮と思われる建物の窓から多くの学生と思しき者達がこちらを注視していた。


「仕方がありません。彼女に免じて今回はにしておきましょう」


 優しく微笑みながらの白鴉の言葉。

 けれど声は氷点下。

 震えながらも瀬見が道を開けるのを見届けてから、白鴉を先頭に紫の絨毯を悠々と自信に満ちた姿で車から降りた皆が歩き出した……様に見える。

 真実は、最後尾を歩こうとした瑠華を長い付き合い故の視線で白鴉は促して、この事態が引き起こすアレコレに思いを馳せて愉悦な彼のすぐ後ろへと導き、彼女は居た堪れなさMAXながら慣れていたのでどうにか歩く事に成功し、その瑠華を挟んで半歩後ろを内心平伏する輩をこれでもかと侮蔑し嗤いつつな霧虹と暁、最後尾を鬼丸がキリキリと胃を痛めながら、という歩く皆には馴染みの布陣。

 瑠華と鬼丸以外の、威風堂々な態度とは裏腹な内面の腐り具合にこの場で気がついた者は皆無だった。

 大半が彼等に心底見惚れ、彼女の正体に、魂ごと心を奪われながらも首を傾げる。

 この億ションさながらの建物は、優秀だと判別された今年入学する者達専用の寮だったからだ。

 説明で担当教官と副教官も住むとは聞いていてはいても、彼等にも彼女にも見覚えがなかったからこそ起こった大半の者の大混乱。

 強い『超越者トランセンダー』は皆がメディア等に露出している筈だ、という思い込みの産物だった。

 赤の『超越者トランセンダー』専用軍服を着ている者が大勢寮の前に居るというだけでも目を見張る事態だというのに、黒い『超越者トランセンダー』専用軍服の登場に場はこれ以上なく盛り上がっていたのだ。

 通常の青系『超越者トランセンダー』専用軍服を着た者達が多数、最初寮の前に現れた時でさえも、『覚醒者アーカス』の中でも優秀だとされた彼等彼女達でさえも目を輝かせていた。

 画面の向こう側で煌めく存在。

 青系専用軍服の『超越者トランセンダー』といえどもその活躍は凄まじく、超常の存在だと嫌でも思わせる。

 低位とされる緑の専用軍服の『超越者トランセンダー』というだけでも人外だと誰もが認識する強さであるのは皆が知る所なのだ。

 メディア等に露出している『超越者トランセンダー』以外の『超越者トランセンダー』は、あらゆる撮影も掲載も重い罰則付きで禁じられているからこそ、限られたメディアに出る『超越者トランセンダー』への期待は大きい。

 緑の専用軍服である『超越者トランセンダー』でも多大な人気を誇る存在は数多、それより露出が少ない青系たるや”目に出来れば幸運が”とさえ言われていた。

 そんな青系専用軍服着用者が多数現れたのだから、噂は島内ばかりかそれ以外にも当然伝わる。

 更に皆が驚嘆した青系より希少な赤系専用軍服が多数。

 加えて最後には紺を飛び越え黒の専用軍服という伝説とさえ世界中で言われる存在までも。

 これが拡散しない訳もない。

 ――――白鴉はそう皆の精神を誘導した。

 これくらいなら誰かに話しても大丈夫。洩らしても罪にならない。

 そう思い込まされた事にも気がつかない様に。


 そして黒い専用軍服を着た者が怯えた事実は、島外に話すという思考さえ浮かばない枷を嵌めた。

 瑠華と『紫』の話題も同様に。


 白鴉は寮のすべてを任されていた瀬見を無視し、寮内で控え、最高位の『超越者トランセンダー』に対して行うべき、片膝を着き利き手を心臓の前に置いて反対の腕を身体に垂直に添わせながら顔を伏せていた、紺の専用軍服を直用した勇ましさを感じる背の高い女性へと声をかけた。


「早乙女君、このクラスの教官と副教官を部屋へと案内してくれるかい。そうそう、紹介しなくてはね。彼女は早乙女さおとめ 沙彩さあや。この寮の管理を任せている。何かあった際に頼ると良い。二人には不要かもしれないがね。彼女は位階で言えば”紺”ということにんだよ」


 瞳を瞬かせている瑠華へと一瞬視線を動かした後、女性にしては低めの声で早乙女は応じる。


「了解致しました。――――どうぞ、こちらに」


 それを受けながらも霧虹が口を開く。


「白鴉様。我々が彼女の部屋を確認しなくてもよろしいのでしょうか?」


 暁も同様らしく、肯いて白鴉の言葉を待っていた。


「それについては私がしよう。今日の所はもう部屋から出ないように新入生に指示している関係上、気になるのなら明日確認してくれると助かるね」


 霧虹と暁は視線で会話した後、同時に肯いた。

 それを見た瑠華は、言っていいものか悩みながらも白鴉へと問いを発する。


「部屋から出ないようにとの事ですが、食事はどうなっているのでしょうか?」


 白鴉は愉しそうに答えてくれた。


「今日の夕飯と明日の朝食は部屋に運ばれるからそれを食べる事になるね。ああ、そう言えば今日の昼ごはんがまだだったか。後で何か届けさせよう。明日の夕飯は入学祝だから楽しみにしていると良い。それから明日の昼は自由にすると良いよ。……ゴタゴタが何かあるとしたら明日だから浮かれてしまうねえ」


 その言葉を聞いてゲンナリとした霧虹と暁。

 瑠華にいたっては白鴉の性格を鑑みた結果、どうしても戦々恐々とするしかなかった。

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