復讐の先に

 私が投げた石は、アーノお兄様の額に辺り、彼のおでこからは血が滲みます。


「石を投げたものには人権を保証いたしますわ。魔物の国は魔物だけでなく亜人も暮らす国。人間も健やかに暮らすことができますわ。ね、グロード様」


「いざこざがなければな」


 するとあら不思議、あれよあれよと石の雨が降ってきました。あらあら、本当に恨まれてますので。いくつも投げる人がたくさんいらっしゃいます。


 あぁ、良い気味ですわ。


「いた……あ、が……やめ……っ」


 どんどん石を投げられ、石を投げる音で彼の声は掻き消えてしまいます。


 あら残念、もう少し粘って声を出してくださると……


「やめてぇえええ!!」


 突然、悲鳴が聞こえました。あまりの大きな声に、石の雨がやむほどです。


 皆の視線が、声のした方へと向けられます。もちろん、私の目も含めて。


 見るとそこには、侍女たち同様一緒に縛られながら、泣きわめいている一人の少女がいました。


 あぁ……思い出しました。彼女はサリー。アーノお兄様の娘で、私とは再従兄弟に当たりますわね。


 確か年は……私のひとつ下でしたか……。

 アーノお兄様は、自分の娘と年が近い私をたいそう可愛がってくださりましたわ。


 よく遊んでくれましたし、そんなだから私を殺し損ねたのですけれど。


 サリーは私を睨み付けていました。えぇ、鬼の形相ですわ。当たり前ですけれど。


 石投げを再開される呼び掛けをしてから、私はゆっくり彼女へ歩み寄りました。


 サリーは臆することなく、私を睨み続けておりました。普通の令嬢でしたら、怖くなって逃げるそぶりをみせても、おかしくないと言うのに。


 たくましい方ですわね。


「ごきげんよう、サリー」


 私とサリーは、舞踏会で何度かあったくらいの面識。向こうは覚えていないでしょう。


 今の彼女には、私はどう写っているかしら。

 えぇ、とんでもない悪女でしょうね。


 私が逆の立場なら、同じように思いますから。


 私は睨むサリーの両頬を片手で挟み掴みます。少し痛かったのか、彼女の顔が歪みました。


「私の名前はシェスティア。あなたの父親を殺す女よ」


「この……悪魔……っ」


 サリーはボロボロと涙して、唇から血を流していました。父親の死が免れないことだと自覚したからかのか、恐怖からなのか、それとも……何もできない無力さからなのか。


 その涙の理由はわかりません。

 けれど、サリーを自分と重ねてしまったとは事実です。


 私も、つくづく甘いですわね。


「この子を連れて帰るわ」


 私は兵にそういうと、兵達がざわめきました。そりゃそうでしょうね。放っておけば私を刺し殺さん勢いの子ですもの。


 そんなのを連れていくなんて、ある意味自殺行為ですけれど。


「いいのか?」


 グロード様は事の一部始終をすべて眺めながら、そう聞かれたので私は軽く頷いて見せました。


「ライアン様は反対するでしょうけれど。復讐の機会は皆、平等に与えられるべきですから。」


「いやっ、はなしてっ!! 誰か、誰か助けぇぇ!」


 泣き叫ぶサリー……恐らく拷問でもされると思ったのでしょう。まぁ父親があんな目に遭ったのですから、そう思うのも無理はありません。


 ちょっと気絶させるように命令しながら、私も踵を返しました。


「帰るのか?」


「えぇ、やることは終わりました。残りの領土の攻略もありますし。ザバードはお好きになさってください」


「言われずともそうする」


 私は戦火には似合わない豪華な馬車に乗り込みます。一緒に気絶したサリーをのせて走る馬車の中で、1人考えました。


 耳に残る悲鳴

 目に焼き付いた無様な姿


 どれもこれも……愉快たまらない。

 あら、こういうとき善人は不愉快でたまらないのでしたっけ。


 残念なことに、私は悪人のようです。

 いえ、悪女かしら。


 でもその残忍性を引き出したのは、間違いなくパラドール家の皆様ですわ。


 きっと皆、残忍性のある血が流れている。

 でなければ、こんな化け物が優しいお父様とお母様の間から生まれるわけないですわ。


「ん……」


 サリーが少しうめいているのが聞こえました。きっと悪夢でも見ているのでしょう。かわいそうに、夢の中くらい幸せになってほしいものです。


 ……詰めの甘さも、血縁に由来してのものかしらね。


 なんて思わず自嘲して、馬車で揺られて数時間。

 いくら早い馬車といえども距離がありますから、ついた頃には深夜になっておりました。


 そして心配で待っていてくださったライアン様に、サリーのことも含めてすべて話すと、やはり猛反対されました。


 説得に1時間かけ、漸くサリーを私専属の侍女にすることで話がまとまりました。


 実は私、専属の侍女がいませんの。

 裏切られましたから。信じておりませんの。


 だからはなから、裏切る可能性の高いものをそばにおいておきたいのですよ。


 裏切ったときに、すぐに首を跳ねられるように。


 まぁ、そんなことしませんけどね。

 侍女長にサリーを預けて、私も寝室へと向かいました。


 とても疲れましたし、明日はゆっくりしたいですわ。


 ……なんて、できるわけないですわよねー!

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