少年

 私は今、書斎の窓の前で固まっております。

 昨日グロード様がおっしゃっていた部下の方が、なぜか庭からやってきました。


 もしかしてグロード様、窓を正門と勘違いしてるのかしら?


 いえ、まぁ、そこはおいておきましょう。

 問題はそこではありませんから。

 子供だろうとなんだろうと、使えるならば問題ありませんもの。


 見たところ、狼の獣人のようですし……若くして魔王の部下と言うことは、優秀である証ですわ。きっと、えぇ、きっと。


「こんにちは、クロロ様」


「クロロでよか~。グロード様のお手紙と密約書持ってきたっぺよー」


 そういうと、彼はよいしょっと窓のサッシを乗り越えて軽々と部屋へ侵入。


 あ……まってこの流れは……。


「ティア、大丈夫かい!?」


 バァン!


 ハイ、デジャヴ!

 相変わらずの監視魔法が発動して剣を持ったライアン様が駆け込んできました。あら、今日は剣を持ってると言うことは、ヤル気満々でしたのね。


「って、子供……?」


「こんにちはっぺー」


 クロロさ……クロロ殿は片手に二枚の書類を丸めもって、空いた手でライアン様へ笑顔で手を振りました。そのにこやかで毒気のない行動に、ライアン様は困惑と同時に剣から手が離れましたの。


 ……グロード様、こうなることを予期してクロロ殿を送ったのかしら?


 私はとりあえず状況が読めずに固まっているライアン様へ事情を話すと、彼は彼で苦い顔をいたしました。


「奴の嫌がらせか、これは?」


「さぁ……でもきっと優秀な方には違いありませんわ」


 私がちらりと見ると、クロロ殿は部屋のあちこちを見て目を輝かせていました。


「きれいっぺぇ、すごか! きらきらしてるだぁ」


 暖炉の上においていた装飾品を見て、尻尾を振るクロロ殿を見て、私もうなだれましたわ。


 大丈夫な気がしませんのよ!!


 と、とにかく密約書はともかく、手紙まであるならば確認しないわけにはいきませんね。


 クロロ殿から手紙を受け取り、なかを確認いたします。どれどれ……。


『拝啓 シェスティア殿

 昨日訪ねたばかりだが息災だろうか。あのうるさい勇者の生まれ変わりは、相も変わらず君を溺愛しているのだろう。全くもって、見せつけられる回りの身にもなった方がいい。』


 ……なんですのこれ、初っぱなから喧嘩売られておりますの?思わず手紙を持っている手がわなわな震えてしまいました。


 いけませんわ、落ち着きませんと。


『これを読んでいると言うことは、クロロは無事そちらに向かったと言うことだ。しばらく帰ってくるなと伝えているため、衣食住の提供をよろしく頼むぞ』


 ……は?

 え、クロロ殿、ここに泊まり込みですの?

 聞いてませんけど??


 なんですの、魔王って話を聞かない種族なんですの!?


『奴は主に情報収集が仕事だ。彼の地の情報源として役立つだろう。あと力が強いから、あまり貴重品は持たせない方が身のためだ』


 パリーン


「あばばばばっ!?」


 ……クロロ殿、お通しで出された紅茶のカップを見事に割っておりますの。恐らく、取っ手が砕けましたわね。


 あの、グロード様。そういう注意事項は早めにお仕えくださりますことぉ!?


 手紙には概ね以上の事がかかれており、私はもう不安で胸が一杯になりました。密約書は書くとカラスが取りに来ましたので、渡しておきますのよ。


「クロロ殿、お仕事ですわよ」


「んだば、おだはなにすればよか?」


 せっかく来てくださったのです。お茶を飲ませるだけではもったいないですわ。


 まず、彼が何をできるか……それを探りませんと。


「クロロ殿の得意なことを教えてほしいのです」


「おだの? んー……人のとこさ行って調べものするの得意べ。」


 やはり情報収集型のようですわね。

 それなら……


「では手始めに、明日までにパラドール領の情報を、なんでもいいのでひとつ集めてくださりませんか?」


 まずは小手調べですわ。どのくらい仕事ができるか、試してからでないと今後に支障が出ますのよ。


 そういうと、クロロ殿はにぱぁとあどけなく笑いました。


「お仕事了解っぺ! んだばさ行ってくるだ!」


 尻尾をブンブン振ると窓から外へと飛び出して行きました。は、はやい……もういなくなってる……。というか窓は玄関ではありませんわよっ!?


「ティアは無茶ぶりがひどいなぁ」


 しばらく沈黙が流れた後、ライアン様がため息をこぼされました。そういえば、さっき一緒にお茶を飲んでおりましたわね、クロロ殿と。


 ライアン様は子供が大好きですから、例え魔王の手先でも、クロロ殿には甘いようです


「此処から国境を越えるだけでも手続きで時間をとられるのに。」


「クロロ殿の技量を図るためですのよ」


 勿論国境のことはしっていました。知っててあえていかせましたの。


 情報という貴重な戦力は、時に国境を何度も往復しないといけませんから。この程度の障害、乗り越えてもらわないと困りますわ。


 まぁ、あまり期待はしておりませんけど……。


 何て思っていた半日後。


「たっだいまっぺー!!」


 想定よりも早く帰ってきたため、私は任務失敗かと思っておりましたが……というかまた窓から入ってきましたし。


「早いお帰りですわね、収穫は?」


「パラドール領の領主様と、その近隣の村の有権者リスト持ってきたべ。」


 ……え?

 笑顔を向けるクロロ殿と、固まる私。


 ちょっと待ってくださいまし……早すぎてはありませんこと!?

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