提案

 私の書斎に、はりつめた空気が流れます。

 勇者と魔王が対峙したのです、当然ですわ。


 あまりの険悪さに、窓ガラスにヒビが入っておりますもの……。


「なにをしにきた、か。そこの娘に、礼をしにきただけだ」


 美形のグロード様、私へ顔を向けました。うぅ、輝いている。魔王という王様ポジション属性が付加されて余計に!


「礼、だと……?」


「あぁ、左様。そこの娘は昨日ブルーウルフを助けてくれたからな。その礼をしに来た」


 私の目に、ライアン様の目が重なりました。本当に? と聞いてるんだと思うので、私は首を縦に振りました。


「ブルーウルフは気性が荒いが仲間思いだ。そのようなものから、礼を言いそびれてしまったと報告を受けてな。どんな人間か確かめに来た」


 どうやらグローリー様、ライアン様はアウトオブ眼中のようで、私に向けて笑いかけます。


「娘よ、わが民を救ってくれて礼を言う」


 王様直々のお礼だなんて心臓に悪くてよー!


 私が縮こまっていると、それを見たライアン様は……よく思われなかったでしょう。


「用件がすんだのなら帰れ!」


「相変わらずお主は俺を目の敵にするな」


「当然だ! ティアに色目を使うな!」


 ガルガルライアン様にようやく目を向けたグロード様。不思議そうに首をかしげました。


「色目? お主は確か正式には婚約者はいないだろう? ならばその娘、別にどうしたところで……」


「うるさい! とにかくティアに触れるな!」


「触れてはおらぬ」


 うーーん。これはなしが平行線に持ち込みそうな勢いですし、魔王様は帰るつもりなさげ……


 ここは一言、もの申さないと……


「お二人とも、うるさいですわよ!!」


 というか、いい加減大の大人二人が言い争うのは見苦しいですのよ。それが次期国王と魔王様なら尚更。


 私の大声にライアン様はビクッと体を跳ねさせ、グロード様は目を点にされておられますが知ったことではありません。


「私忙しいですの!!」


 そういうと私はライアン様の背から飛び出してお二人の間に入り、仁王立ちいたします。


「近隣の政策にパラドール領攻略……やること山積みなんです、いい争いなら向こうでやってくださいまし!」


 昨日今日だって、やっと思いでキノコ狩りの時間をひねり出したのですよ。それくらい私は忙しいの!


 お子さま二人の言い争いに付き合ってられませんわ!


「ティ、ティアごめんよ……っ」


 私に怒られてシュンとうなだれたライアン様は、すぐに私のもとに駆け寄るとその手をとります。いつものパターンで、これで許しを乞いますのよ。


 たいしてグロード様は、私に怒鳴られたことが衝撃だったのか、暫し放心したのちに笑い出しました。


「はははっ、まさか魔王としって怒鳴り付けてくるやつがいるとはな」


「うるさかったから当然ですのよ。それに何かあればライアン様がまもってくださりますから」


 ね? とライアン様に笑いかけると、彼は途端に笑顔になって大きく頷きました。


 ……こういうところ、ちょろいですわねぇ。


「それに魔王が直接、こんな小娘に礼をいいに来る方がおかしいですのよ!」


「それに関しては、単に暇をもて余していたからにすぎぬ。それよりお主、面白いことをいったな」


 面白いこと?

 さっきから私、怒鳴ってしかおりませんけど……。それのどこが面白いのかしら。


「あのこざかしいパラドール領を攻略する、と」


 向けられたグロード様の瞳は、少しだけ憎しみが思っておりました。国境で、何かあったのかもしれませんわね。


「そうですがなにか?」


「ならばちょうどいい。俺も力を貸してやろう」


 ……え?

 ん、は? え? え?


 あまりにも理解不能なことを言われ、私の思考回路が一瞬止まりましたの。


 力を、貸す?

 仮にも、魔王が?


「えっと……一応、理由を聞いても?」


 なにたくらんでおりますのやら。初対面で疑いすぎるのもよくないですが、魔王ですか、それくらいしてもいいでしょう。


 するとグロード様は顎に手を宛て、はぁ、とため息をつかれたした。


「ここ数年、パラドール領との小競り合いが多すぎてな。いい加減うんざりしてきた」


 ここ……数年……?


「それ、具体的にどのくらい前からですの?」


「3年ほどだな」


 3年……私が領を追われた次期と重なりますわ。当たり前ですの、お父様は決して、他国の領土を侵略しようだなんて、考えるような人ではありませんから。


 つまり……叔父様の仕業と言うことです。

 あの男、領地を奪ったあげくに他国侵略ですって……?


 お父様の土地を血で汚すだなんて……っ!!


「ティア、大丈夫かい……?」


 私の腸が煮えくり返る思いを感じ取ったのか、心配げに声をかけてくださります。私、そんなに顔に出ておりましたでしょうか。


 一周回って、笑えてきたと言うのに。ほら、笑顔の方がいいでしょう?


「問題ありませんの。グロード様と私の敵が一致して、とても嬉しいですわ」


「ほぉ、そのわりには氷の精霊すら凍りつきそうな笑顔だが」


 あらいやだ、私ったら感情のまま笑ってしまいましたわ。落ち着きましょう。深呼吸深呼吸。


 さて、魔王様直々の協力要請、これを利用しない手はありません。


 ですがまず、明らかにしないといけないことがありますのよ。


「お力をお貸しいただけるのでしたら助かりますが……ただで、とは言わないでしょう?」


 その言葉に、グロード様はニヤリと笑いました。

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