第6話

とにかく腹が減った。

食糧庫に行き、適当なものを適当に料理して、食堂で食べた。

そしてなにか本はないかと図書館に行くと、そこにいた。

四十歳くらいの男が椅子に座って本を読んでいた。

初めて見る俺以外の参加者だ。

むこうも気づいて俺を見た。

なにか言わなければと思い、とっさに口に出た。

「どうも初めまして。ポンチと言います。ネット依存症を克服する目的でここにやってきました」

我ながら間の抜けた挨拶だと思ったが、男はていねいに返してきた。

「初めまして。私もネット依存症を克服するためにここに来ました。名前はアンノウンと言います」

アンノウン。

ハンドルネームだろう。

日本語にすると、誰も知らない、という意味になる。

俺はアガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」を思い出した。

あの小説の犯人の名前がU.N.オーエン。

U.N.オーエンを続けて読むと、アンノウンになる。

そして今のこの状況。

離島に見知らぬ人間が集まっている。

これこそまさに「そして誰もいなくなった」と同じ状況だ。

俺がそんなことを考えていると、アンノウンが言った。

「二日前の夜に船に乗ってここに来て、初めて人に会いました」

小さめの声でぼそぼそとしゃべる。

おとなしくて控えめな性格なのだろう。

俺もそうだがネット依存症に、快活で行動力がありアウトドアが好きというやつはあまりいない。

アンノウンはネット依存症の見本みたいな男だ。

「俺もそうですよ。二日前の夜に船に乗って、ほかの参加者に会うのは初めてです」

そう言うと、アンノウンは軽く笑った。

俺も笑った。

「とにかく俺は七号室にいますから、好きな時に訪ねてくださいね」

俺がそう言うとアンノウンが言った。

「私は三号室です。そちらこそいつでもどうぞ」

三号室と言えば廊下を挟んで俺の部屋の反対側だ。

それでもこの男の生活音は一切耳にしなかった。

やはりこの屋敷は防音が半端ではないのだろう。

「わかりました。そうさせてもらいます」

そう言った後、俺は本を探し、目についた本を手に取ると自分の部屋に戻った。

社交的な人間ならばそのまま図書館にとどまったのだろうが、残念ながら俺はあまり社交的ではない。

しかし他の参加者と初めて会って話ができたのは、なんと言ってもおおきな出来事だ。

それだけでも収穫と言えるだろう。


結局その日はアンノウンにしか会わなかったが、翌日、朝食を食べた後で浜辺を散歩し、部屋に帰る途中玄関ホールで四十代と思える女性に会った。

見知らぬ他人が一つ屋根の下に集まるツアーの参加者の中に女性がいるとは思わなかったので、正直少し驚いたが、とりあえず挨拶と自己紹介をした・

「初めまして。このツアーの参加者のポンチです」

女性も少し驚いたようだが、ちゃんと返してきた。

「初めまして。参加者のももです。よろしく」

「女の人が参加しているとは思わなかったので、少し驚きました」

「あらそう。私以外にも一人は女の人がいるわよ。昨日たまたま会ったの。みゃあと言う若い女の子よ」

若い女の子もいるのか。

俺はちょっと期待してしまった。

「へえ、若い女の子もいるんですね。ところでこのツアーには八人参加していると聞いたのですが、俺が会ったのはももさんで二人目ですよ」

「私もポンチさんで二人目よ。ポンチさんが会ったもう一人の人は誰なの?」

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