ラナンキュラスの花弁と胡蝶の夢
砂上楼閣
第1話
温かな日差しが穏やかにふり注ぎ、私たちを柔らかく、温かく包み込む。
空は青く澄み渡り、浮かぶ雲も白くて、手を伸ばせばふんわりと優しく受け止めてくれる、そんな気がした。
世界はどこまでも綺麗で、今まさにはねを広げたあなたは世界に受け入れられているかのように自由だった。
けれど…
空に羽ばたこうとするあなたを、私のエゴが引き止めた。
優しいあなたは、自由だったはずのはねを自らたたんで、私の手のひらに戻ってきた。
指先にそえられた手。
分かってる、伝わってる。
言葉はなくても寄り添って、私の震えが伝わって…
心のどこかで気付いていた。
嗚呼、私は自然の理を歪めてしまった。
一度瑕の入った玉が元通りにはならないように、私の望みはあなたの根本を変質させてしまったのだ。
時は流れて景色は変わる。
空は同じく澄み渡り、しかし日差しはどこか弱々しく手のひらに熱を感じられない。
風が吹けば体は震え、空からふり注ぐ雫は白い結晶へと姿を変える。
ごめんなさい。
あなたの自由は、季節と一緒に消えてしまった。
もうあなたは私なしでは生きられない。
外はもう自由を、命を奪ってしまう。
引き止めてしまったエゴ。
自由を奪ってしまいながら、自由であって欲しいと願う。
矛盾、責める私。
自分を許せない。
歪んだ理は不可逆で、決して戻りはしないのだから。
望み、そして後悔。
取り返しのつかない事をしてしまった。
そんな私の指先に、あなたは黙って手を添えた。
ごめんなさい、ありがとう。
この冬を越えて、あなたには自由になってほしい。
別れは辛い、寂しい。
けれど…
だから生きて、そう願う。
段々と弱るあなた、小さな祈り。
あんなにも綺麗だったはねは、いつしか輝きを失っていた。
あと少し…
動かなくなるあなた。
ごめんなさい、ごめんなさい。
全ては私のエゴ。
あなたに自由を、空を教えてあげたかった。
変わらず綺麗なあなた。
そっと指先でふれても、あなたは返してはくれない。
必死に包み込み、温める。
置いていかないで…
これが最後のエゴ。
一人ではいかないで。
いくときは見送らせて…
自己満足で、勝手な約束。
できるわけがない。
けれど、そんな約束を、あなたは守ってくれた。
手のひらに感じるあなたの全て。
はねを広げて、私の中から旅立った。
あなたは自由を知ってしまった。
私に思い出と温もりだけを残して。
空のそのまた向こうへと。
忘れない…
私は私の中のあなたと共に。
春を迎えられなかったあなたを。
ラナンキュラスの下に思い出を埋めて。
これは自己満足。
一雫の雨粒が、巡り巡って海へと帰り、そして再び巡り会い一つとなるように。
あらゆる生き物が最後は土に還り、姿を変えて命を繋いでいく。
私も、このラナンキュラスも、あなたも。
遠い過去、遥か昔の命を繋いだ雫と円環の理。
この巡る命の旅はまだ途中。
いずれ終わる時が来るのかもしれない。
けれど、それもまたもっと大きな流れのほんの一部。
一雫の水滴のように、土の一粒のように、そしてラナンキュラスの花弁のように。
嗚呼、胡蝶の夢よ、どうか安らかに…
ラナンキュラスの花弁と胡蝶の夢 砂上楼閣 @sagamirokaku
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