第3話 ドワーフの村にて

「長! 薬が出来たぞ! 早く飲んでくれ」


 ドバンが長と思われる病人の口元に薬瓶を近づける。しかし長はその液体の色を見て表情を変える。


「ゼェゼェ、これはエリクサーじゃないか! そんなもん飲めるか! エルフ共の世話になることなんてあってはならんのじゃ」


 ドバンが『けったいなもん』と言ったわけはこれか。エリクサーはエルフにしか作れないのか。


「あいつが作ったんだ、あの髭を見てくれ」


 また髭か! 流石にそんなに髭だけで話が進むわけが


「うむむ、そういう事なら致し方あるまい」


 どれほど凄いんだ俺の髭……


 ゴクゴクとエリクサーを飲んでいくと顔からどんどんと正気を取り戻していき、何も通りそうになかった首筋はみるみる太くなっていき、触れば折れてしまいそうな手足は白い枯れ木から黒い丸太のようになっていった。


「最近痛めてた腰まで治ったわい! おーい炉を暖めろー!」


 ゼェハァ言っていた頃からは信じられない野太い声で叫ぶ長。


「ダメですよあんた! まだ病み上がりなんですから!」


 奥さんが慌てて長を止めにかかる。


「もう長いこと鍛冶場についてないんじゃぞ! 鍛冶場がワシを呼んどるんじゃ!」


 バタバタする長に思いっきりボディブローをかます奥さん。さっきまであんなに心配してたのに……。


「うぐっ仕方あるまい。しかし助かった、それにしてもどうしてエリクサーなんて作れるんじゃ?」


 エルフの知恵を使った事は隠しておいた方がいいだろう。無駄に事を大きくする必要もないしな。


「いやー以前習ったことがあるんですよー……」


 苦し紛れにしてももう少しマシな事は言えなかったんだろうか。


「んーまぁそのおかげでワシは助かったんじゃから深くは聞くまい。それでお主名前はなんていうんじゃ?」


「ドワルフと申します」


 名前で違和感を持たれないといいが、


「そうかそうかドワルフ! 今夜は宴じゃ! そんな立派な髭を持っているんだ。酒も飲めるじゃろうな?」


「はっはい」


 この世界の酒に関して詳しくは無いがまぁ元の世界でもお酒には強い方だったし問題ないだろう。


「そういう事だ鍛冶仕事は我慢するが、酒は我慢せんぞ! 長い間飲めてなかったしのー」


 奥さんも呆れ顔だが渋々了承したらしく、


「ほどほどですからね!」


 今度はボディブローは飛んでこなかった。




★   ★   ★




「今回皆のものには心配をかけてすまんかった。ワシの呪いはそこの男ドワルフによって治った。今日はその宴じゃー!」


 長の挨拶と共に宴会が始まった。昼間聞こえていた金属を叩く音がドワーフたちの歓声へと変わる。


「おい、お前! じゃなかったドワルフ。本当に来てくれて助かった!! さぁ飲め、ここにいるドワーフみんなからの奢りだ!」


 ガツンと木のジョッキをぶつけながら挨拶する。


「こちらとしても、放浪者を受け入れてくれてありがとうございます」


「ずーっと気になってたんだが、もうその堅苦しい喋り方じゃなくていいぜ。もう俺たちは同胞だ! 良いですよね、長!」


 今日来たばっかりの人をそんな風に認めていいものなのか!?


「あー構わん。ドワルフがいなかったらワシはもうこのエールを飲めなかったのかも知れん!」


 そう言ってゴクリとエールを長が飲み干す。そういえばみんな揃ってエールを飲んでいる。相当こだわっているのか、酒に詳しくない俺でも美味いと感じる。


 美味しい酒についつい酔いが進んでしまう。この料理も美味い、エールに合うよう味付けが濃くなっているがそれがまた酒を進ませる。


「この料理はなんていう名前なんだ?」


「名前だー? おーいドバーこれ何なんだ?」


 あんたも知らないのかい! 奥の方からこの宴会を切り盛りしているらしき男が出てきた。


「こりゃさっきあんたから貰った角兎ホーンラビットの肉だよ。これがまた酒に合うんだ。本来なら長が食べるんだが、ドワルフにって言われちまってな」


 そうだったのか。あの兎こんなに美味しい物だったのか。最強装備が完成したら狩まくろう。そう決心した。


 グビグビ喉を鳴らしてエールを飲む。いい感じに酔っ払ってきて熱くなってきたから帽子を脱いだ。あー涼しいなーと同時にシュッと細く長い耳が解放される。


「ドッドワルフ!? お前まさか!!!」


 急にドバンが大声を上げる。あんなにも騒がしかった宴会がシーンと静まり返る。一同を黙らせたのは俺の耳だった。暖かった視線が一気に突き刺さる物へと変わった。


 ドワーフの長が深く低い声で尋ねる。


「ドワルフ、お主はエルフとの混血ではあるまいな?」


 あっ! ついつい酔っ払って気が緩んでしまいエルフの耳を見せてしまった。あれだけエルフを嫌ってそうだったのに!


「聞いておるのか! お主あの忌々しきエルフとの混血じゃなかろうな!」


「確かに俺の耳は長いですが、あのーこれはそのー……」


 何とか何とか言い訳を考えてこの場を切り抜けないといけないのに、歯切れの悪い答えで周りのドワーフ達がコソコソと喋り始める。


「あの長の呪いを一瞬で治す薬なんて、おかしいと思ったんだよ」


「確かにそうだ。髭は立派だが、どうにも怪しいと俺は思ったんだ」


「あのエルフと一緒に宴会をしただなんてなんとういう屈辱」


 何やら良くない流れが。そこにドバンが割って入って


「待ってくれ、確かにこいつはエルフの混血かも知れないがドワルフが来てくれなかったら長はあのまま死んでしまったかも知れない」


 ドバンが必死で弁明に入ってくれた。だが


「そうはいうけどよ、ヒューマンにも依頼してたし間に合ったかも知れないじゃねぇか!」


「そうだ!そうだ!」


 長が重い腰を上げる。


「助けておいてもらって申し訳ないのじゃが、我々ドワーフとエルフには深い因縁があるのじゃ」


 ずっと気になっていたことを聞いてみる。


「一体その因縁とは!?」


 あんなに楽しそうに酒を飲んでいた時の長ではなく、村を取り仕切る威厳のある佇まいで


「部外者のお主には言えぬ。本当ならこのまま宴会の終わりを迎えたかったのじゃがすまぬ。このまま北に向かえばヒューマンの国がある。そこまでの金は渡す、この村から出て行ってはくれぬか?」


「待ってくれ長! ドワルフをしっかり確認せず通した俺にも責任がある。どうかこのドワーフの村、門番長の俺の顔に免じて」


「いかん!!!」


 こうして宴会は終わりを告げた……




★   ★   ★




 結局村の門まで見送ってくれたのはドバンだけだった。門までの道中、奥さんが申し訳なさそうに食料の入った鞄を渡してくれた。


 ガックリと肩を落としながらドバンが


「すまん。俺の力不足だ。この村の長を救ってくれたお前になんて事を……」


「いやこんなに嫌われ者の俺をここまで送ってくれただけでも感謝してる。そうだ最後に聞きたいんだが、どうしてそんなにエルフを嫌っているんだ?」


 せめて何故エルフがそこまで嫌われているかを知りたかった。


「うーむ、それなんだが全てを知っているのは長だけだと思う。俺も長から聞いた覚えがあるんだが幾分、酒の席でしかそう言った話は出ないもんだからな。力になれなくてすまん」


 そういうとドバンは申し訳なさからか、さらに小さくなった。あんまり語られていないことならしょうがないだろう。


「そうか……じゃあまたどこかで会う事があればよろしくな!」


 ドバンがハッと思いついた顔で


「ちょっと待ってくれ、そういえばメインジョブが配信者だったよな?」


「あーそうだけど?」


 あまりに急すぎて何の話かさっぱりわからない。


「じゃあほらよ」


「ん? なんだ?」


「お前自分のメインジョブ事すら知らねぇのか? 自分のマイページを見てみな」


 言われるがままマイページと念じる


--------------------------------------------------


名前 ドワルフ

レベル  9

視聴者数 2

フォロワー 1


メインジョブ 配信者

サブジョブ なし


スキル なし


ユニークスキル 【エルフの知恵】 【ドワーフの知恵】 【ヒューマンの良心】


--------------------------------------------------


 おぉフォロワーが1に!! いや待てどうして視聴者数が2なんだ?もしかして見る専の人がいたって事か?


「エルフの混血なんてフォローして大丈夫なのか?」


 もちろんフォロワーが増えて嬉しいがドバンの今後も心配だった。だがドバンは胸をドンと張って


「まぁ配信者にとってフォロワーってのは生命線らしいんだろ。陰でこっそりと見ておくよ。ドワーフは作業してるから、冒険ばっかりの配信が普及してないしバレないだろ」


 俺はまだ異世界の配信について詳しくないが、どうやら配信のルールみたいなものは変わらなさそうだ。


「フォローしてくれてありがとうな! 俺はいつか配信の王になるからよろしく!」


 それにしても異世界転生モノかと思ったら追放モノだったとはな……いかんいかんいつまでも現実感を持たないのはまずい。


 そう言ってドワーフの村から離れていった。すると


〔そのまま北東に来てくれない?〕


 初コメだ!! ドン底状態だったが、ちょっとテンションが上がった。もうコメントがつくなんて! でも視聴者数に変化は無いし。ってことはドバンか?


「なんだドバン? もう俺が恋しくなったのか?」


 そう呟くと


〔私はドバンじゃないよ。とにかくそのまま北東に進んで。家の前で待ってるから〕


 そのコメントを信じて少し道から外れ、北東へと進む。道から外れてしかも夜だ。魔物なんか出たりしないだろうな。今日あった色々なことを考えながらフラフラと進んでいく。やっと明かりが見えてきたと思うとそれが手を振るように揺れて近づいてくる。


「あなたが俺にコメントを送ってくれた人ですか?」


 やっと姿が見える距離まで近づいた。だがそこに立っていたのはまだ幼い少女だった。

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