やっぱりみんな〇が好き
明丸 丹一
やっぱりみんな〇が好き
1 、議題発表
「はい。というわけで今回の議題は『猫と犬、ペットにするならどちら』です」
講師の声が狭い教室内に響いた。
「皆さん、準備はしてきましたね。はい。じゃあ肯定側(猫)は?」
はい、と一人の学生が手を挙げた。
「大木くんね。一人でやるの? ……そう」言いながらホワイトボードに名前を書き込む。大木厚志。
「否定側(犬)は?」
何人かの生徒が手を挙げ、講師は彼らの名前をボードに書き込んだ。
第一尋問・第一立論、高屋琴人。
第二尋問・第二立論、石清水知子。
反駁・最終弁論、忍海康介。
「はい。陪審員の方も準備大丈夫みたいですね。では始めたいと思います」
2 、肯定側第一立論
大木は一礼した後、事前に準備してきたらしいメモを見つつ、話し始めた。
「よろしくお願いします。こちらは、『猫と犬、ペットにするならどちら』という議題で、ペットにするなら猫の方がいいという立場から立論させていただきます。
まずペットとはどういうものか、という点から話したいと思います。ペットとは愛玩を目的として飼育される動物のことです。この愛玩を目的とする、という所が他の人間の手で飼育されている動物、たとえば家畜や、乗馬用の馬などと決定的に違う部分です。
さてここからは歴史的な観点から立論します。まず犬の場合ですが、石器時代の昔から狩猟民族の間で狩りに用いる、いわゆる狩猟犬として犬は飼われてきました。それに比べて猫はエジプトのスフィンクスやイギリスのケット・シー、日本の化け猫の例をみる限り神格化されやすく、実用的な用途よりも、より今日のペットに近い存在として飼育されていたと考えられます」
ここで、事前にセットされていたタイマーの電子音が鳴り響いた。それを聞いて大木はあわてて話を締めくくる。
「以上の点から鑑みて、犬よりは猫の方がペットとしてふさわしいと立論します」
講師は、大木が話し終わるのを待ってからタイマーを止めた。
「というわけで、ペットを愛玩動物と定義したうえで、歴史的に猫の方が愛玩動物としてふさわしい、と立論してくれました。ここで2分の作戦タイムをはさんで、否定側の尋問になります」
3 、肯定側第一立論に対する尋問
尋問を始めてください、言われて高屋はうなずいた。
「じゃあ始めます。てか、関係ないけどオレ猫アレルギーなんだよね」
最後の方をぼそっと言う。
その後気を取り直して、「えっと、まずペットイコール愛玩動物ってことでいいですか」
大木はそれに答えて、はいと言う。
「あと、神格化されるって言いましたけど、それがどうしてペットと結びついたのかイマイチよく分からなかったんですけど」
「あ、それは神格化されたせいもあって、高貴な身分の人などに相応しい愛玩動物として扱われた、ということなんですが……」
「そうなんですか。ちょっと言い方が分かりにくかったと思います。……犬は家畜として飼われてきたからペットとしてふさわしくないってことですか」
「はい。というか、家畜はペットじゃない、ということです」
「はい。ありがとうございました」
4、 否定側第一立論
「否定側第一立論は、続けて高屋さんです」
高屋、礼をする。
「はい。こちらはペットにするなら犬がいい、という立場から立論します。あちらの人も言っていたのですが、犬は最も古くから人類と供に生きてきた生き物です。牧羊犬、盲導犬、警察犬、猟犬など幅広い形で活躍しています。また現在も代表的なペットとして、広く親しまれています。最近ではTVのCMでチワワが人気になったりもしています。このように人気の高い犬ですが、実際に犬を飼っている人間にとって、犬は愛玩動物以上の存在です」
ダン、と机を叩く高屋。
「猫は家に付くといいますが、犬は人に付くと言います。話し掛けたり、一緒にご飯を食べたり、旅行に連れて行ったりと、単なる愛玩物・所有物としてのペットではなく、伴侶、家族としての動物であると言えます。それに対して猫好きの方はそっけないのがいい、とか気まぐれで自己中な所がいい、とか……何がいいんだっつーの!」
タイマーの電子音。
「……以上です」
「ありがとうございました。犬の魅力と、犬はただの愛玩動物ではなく、家族であると立論してくれました。それでは、作戦タイムをはさんで大木さんの尋問になります」
5 、否定側第一立論に対する尋問
「よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「えっと、さっそく尋問に移りたいのですが、犬の活躍として牧羊犬、盲導犬、警察犬、猟犬などを挙げてもらいましたが、それらはペットなんですか」
「いえ、違います」
「あれ、違うんですか」
「はい。そこは単に犬の活躍ぶりを説明しただけで、ペットとは言っていません」
「ペットとは関係ない犬の活躍ということですね」
「……まあそうです」
「あとは……犬は単なる愛玩動物ではなく家族であると言ってましたが、それはペットではないということですか」
「家族のようなペットだということです」
高屋の答えに大木がうなずく。
「はい。ありがとうございました」
6 、肯定側第二立論
そのまま攻守交代して、大木が立論を始めた。
「続けてよろしくお願いします。犬は群れの動物だと言います。人間の家族の中にいる場合でも、犬はその家族イコール群れのリーダーを見分けて、地位が低そうな人には懐かないと言います。つまり、犬にとってどこまでいっても群れは生活共同体でしかないということです。地位が高いリーダーには文字通り尻尾を振ってすり寄ってきますが、そうでないものには見向きもしない。それどころか噛み付くことすらあり得ます。実際に犬を飼っていた家庭で子どもが出来ると、犬がその子どもを群れの新参者と理解して自分の方が偉いと分からせるために子どもを噛むという事件があったそうです。このことから考えても、犬を飼うということは難しいと思います。
これと、第一立論を加えて肯定側(猫)の立論とさせていただきます」
大木はちらとタイマーに目をやったが、まだ時間は残っていた。少し考えて、「以上です」と言った。講師は首肯して、
「はい。犬は群れの動物だという点から、犬を飼うことの難しさを立論してもらいました。例によって作戦タイムを取ってから、今度は石清水さんの尋問になります」
7 、肯定側第二立論に対する尋問
石清水は澄ました、しかし鋭い目付きで大木を見据えながら、尋問を開始する。
「犬が子どもを噛むから、犬を飼わないほうがいいということですか」
「はい。そういう危険性もあるということです」
「事件を起こした犬がいるということですが、それはすべての犬が事件を起こす、ということですか」
「いえ。それは違います。ただ……」
長くなりそうな大木の台詞を遮って、「いいです。その事件というのはいつ、どこで、何という犬が起こしたのですか」
大木は新聞紙の切り抜きを出して、説明した。
「以上です」そう言って、タイマーをセットし直した。
8 、否定側第二立論
すぐにタイマーのスイッチを入れ、石清水は立論を始める。
「まず犬についてですが、やっぱり犬の魅力と言ったら見返りを求めず、主人に絶対服従なところです。またペットとして飼っても番犬にもなりますし、猫は基本的に役立たないですよね。それに犬は猫より賢いし……芸なんかやりますし。呼んだらすぐに来るというのも魅力の一つですよね。あとは……第一立論でも言いましたが、家族ですよね、犬は。帰ると玄関で待っててくれたりします。猫はこういうことがないと思います」
石清水、タイマーを切って講師に渡した。
「はい。猫と犬の違いについて、補強してくれました。次の尋問も大木さんです」
9 、否定側第二立論に対する尋問
「よろしくお願いします」
「…………」
「……尋問に入りたいと思います。いろいろ犬の魅力について立論してもらいましたが、番犬になる、というのはどの犬でもそうなんですか」
「もちろん、小型犬などは入りませんが、一般論です」
「はい。犬は猫より賢いと言いましたが、それは芸をするから、ということですか」
「そうです」
「あと、犬は家族ですか」
「……そうです」
「なるほど。ありがとうございました」
講師はタイマーを回収して、はい、と言いながら頷いた。
「それでは、次は順番を交代して、否定側(犬)の反駁になります。作戦タイムが終わり次第始めてください」
10 、肯定側への反駁
作戦タイム終了を告げる電子音が鳴った。
「否定側、犬側の反駁は忍海さん。どうぞ」
忍海は会釈してから反駁を始めた。
「まず、猫側の意見をまとめると、ペットは愛玩のために飼われているということ。その考えに基づいて、歴史的には猫の方が愛玩動物として飼われてきたということ。それと犬の性質で、ナワバリ意識的なものがあるから飼いにくいから猫飼った方がいいってことだとオレは解釈したんだけれども。オレとしては、やっぱり、ペットイコール愛玩動物っていうのがちょっと納得いかなかった。
つまり、ペットが愛玩動物だっていうのは間違ってないんだけど、ペットが愛玩するためだけのものかって言うと、ん? これちょっと違うんじゃんってこと。歴史的っていう部分は間違ってないと思うけど。
あと、犬の性質って部分は飼い主が分かってればいいと思う」
11 、否定側への反駁
「続けて、肯定側の反駁です」言って、講師はタイマーをセットした。
「よろしくおねがいします。えっと、犬側の立論は、尋問でも聞いたのですが、犬は家族である、と言う点とペットとして、つまり愛玩動物として以外のプラスアルファがあるという点。それに主人に絶対服従で芸を覚えるという点だと。
まず最初の尋問だと家族に近いペットだと言ったのに対して、次は家族だと言い切っているのが気になるんですが……。また、家族家族と言いながら、魅力を語るときは主人に絶対服従で、芸を覚える、とか封建的なことを言っているのが気になりました。……以上です」
講師は大木からタイマーを受け取りながら言った。
「それでは最終弁論に入りたいと思います。最終弁論では相手に対してではなく、陪審員に対して自分たちの立論をアピールして下さい」
12 否定側最終弁論
忍海は椅子から立ち上がると、陪審員役の生徒に向けて語り出した。
「犬側の最終弁論を始めます。こちらの立論は最初から変わってなくて、犬というのは人間が歴史的に見ても、能力的に見ても人類全体との良きパートナーだと思います。犬は盲導犬や警察犬など、他の動物の域を超えた独自の地位を築いています。また一家庭内においても、家族同然の存在になります。あちらの立論では最初に家畜はペットじゃないと言っていたんですが、その通りで、ペットは家畜じゃない。ただ愛玩されるものでもない。そういったパートナーなんだと思います。ありがとうございました」
陪審員から拍手。忍海は礼をして、タイマーを大木に渡した。
13、 肯定側最終弁論
「猫側の最終弁論を始めます。こちら側の立論をまとめます。まず第一に、ペットとは愛玩動物を指す言葉だということです。第二に、猫の方がペットという形態で飼われている場合が多い、という点。あとは犬の飼いにくさの問題ですね。以上の点からペットとして飼うなら猫のほうがいい、と立論させていただきました」
陪審員からの拍手を受けながら大木は席についた。講師はそれを見届けてから、タイマーを返してもらう。
「はい。以上で終了しました。陪審員の方はジャッジを下して下さい」と言ってから、後は判定を待つばかりの生徒に声を掛けた。
「石清水さん、どうだった?」
「はい。私は、ホントは犬好きなんですよ。だからちょっとやりにくかったですね」
「へえ。そうなんだ」
そこへ忍海が割り込んだ。
「ていうか、石清水さんディベート上手いですよね。オレがやってるときは、なんか頑張って反駁したらその後すぐに最終弁論で返されたし」
「いや、別にそんなことなかったよ」フォローする高屋。
大木が大声を上げる。
「あ、猫でも品種によって性格違うとか言うの忘れてた」
「というかさ、何かみんなすごいステレオタイプな立論だったよね」と、講師。そこで陪審員が手を挙げた。
「あ、もう判定決まった? はい。じゃあお願いします」
14 、判定
陪審員役の生徒がホワイトボードの前に立った。
「ちょっと、こっちまで来て下さい。大木くんと……高屋さん、お願いします」
そして、大木の左手と、高屋の右手を取った。別の陪審役の学生に合図をすると、電灯の電源が落とされ、教室は真っ暗になった。同時に、どこからか聞こえてくるドラムロール。そのドラムのスピードが最高点に達すると明かりが点けられた。挙がっていたのは……高屋の手だった。
「というわけで、否定側(犬側)の勝利です」
歓声を上げる犬チームの面々。
「判定の理由をお願いします」と講師。
「まず、犬側の方が安定していた、というのが一つ。それと猫側はたぶん客観的にしようとしたんだろうけど、いまいちピンとこなかった。最終弁論で言ってることは伝わったんだけど、これを聞いて犬と猫のどっちが飼いたくなったかというとやっぱり犬の方だった」
「私は、実は猫側の勝ちだと思ったんです。反駁で犬側の立論に穴があったと思ったんですが、減点方式でいくと犬かなって。あとプレゼンテーションですね」
「あたし、実は犬と猫両方飼ってるんですけど、どっちも可愛いんですけど、犬側の言ってることは確かに矛盾してるかもしれないけど、すっごくよくわかるんですよ。だからそっちに入れました」
「なるほど。それでは講評に入りたいと思います」
15、 講評
この時を待っていましたと言わんばかりの笑顔で講師は語り出した。
「まず今回のディベートですが、どちらもともに犬はこう、猫はこう、というステレオタイプな立論が目立ちましたね。あと、今回の焦点は言葉としては出なかったけれどコンパニオン・アニマルについてだったね。コンパニオン・アニマルというのは動物に衣服を着用させたり、特に風味に配慮した食物を与えるという、従来では溺愛とされた行為に似ているけれど、それら動物の習性を考えた上で不快感を与えない、または体の構造で適切なものを選択し、単なる擬人化した上での溺愛行為とは一線を画すものなんだけれど。今までは所有物扱いだったペットに対して、生活して行く上での伴侶などとする、より密接な関係を構築しようという動きなわけです。ただ実際には大木くんが言っていたように動物はあくまで動物だから、人間と違う考え方をしていて、その食い違いが事故につながることもあります。本来はその辺も考えたうえでのパートナーシップなんだけれどね。
ともかくお疲れさまでした」
生徒たちも合わせて、『お疲れさまでした』
「さて、次回の議題だけれど……」
16 、授業後
帰ろうとしている講師に声を掛ける学生が一人。大木だった。
「今回のディベートなんですけど……」
「はい。どうしたの」
「めちゃめちゃ価値論じゃないですか! 最初聞いたときからかみ合わないだろうなって思ってたんですけど」
「まあまあ。今回は分かってやってるからね」
「はあ。そうなんですか……」
そこへ通りがかった高屋。すれ違いざま大木に一言。
「よう負け犬。今度はがんばれよ」
そう言われると、大木は黙るしかなかった。
了
やっぱりみんな〇が好き 明丸 丹一 @sakusaku3kaku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます