居酒屋奇譚

明丸 丹一

第1話

「シゲちゃん。最近何か面白いことあった?」

シゲルはお猪口に冷酒を移しながら考えた。しかし、そうそう珍しい話など思い浮かばない。そこへ、それまで黙々と飲んでいたコージが口を開いた。

「大学でさあ、この前ちょっと気になってる娘がいるっていったじゃん」

ちょっと涙目になっている。シゲルはそれを見て何かイヤな予感がしたが、思わず相槌を打ってしまう。

「それでさ、この間告白しようとしたらさあ。何か隣に男がいて、そいつと仲良くおしゃべりなんかして……」

よよよ、と泣き崩れるコージ。シゲルはげんなりした顔で隣に座っているリョウを突っついた。ヒソヒソと話す。

「コージのやつ、また振られたの?」「そうみたいだね」「もう振られぐせついてるって感じだな」「というよりただ惚れっぽいだけだと思うけど」「中学の時から何も進歩してないな」

 その間もコージの愚痴は続いている。三人は同時にため息をついた。

ここは居酒屋の一角。九月に入り、夏休みも残り少なくなった今日この頃。中学の頃の同級生たちが、同窓会がてらに集まってささやかな飲み会をしている、という格好である。

コージの愚痴が一段落ついたところを見計らってリョウが口を挟んだ。このあたりのリョウの間の取り方は中学時代と変わらず手馴れたものだ。

「もうそろそろ十月になろうかってのに、まだまだ蒸し暑いねえ」

シゲルも喜んでそれに付き合う。

「確かになー。この頃毎年異常気象、異常気象って言ってるよなあ」

「ねえ。コージもそう思わない?」

コージはゆらり、と顔を上げた。相当飲んでいるためか、話題をすり替えられたことに気付いていない。

「……うん。確かに。梅雨も7月くらいまで続いてたし、一ヶ月ぐらいズレてるのかも」

「一ヶ月ズレてる、ね。なかなか面白い考えだな……」

 そう言って、くいっとお猪口を乾すシゲル。やや赤くなったその顔に、普段にはない真面目な表情が浮かぶ。そして、ふむ、などと言って黙ってしまった。

「あれ、どうしたのー? まさか例の……」

 例の、とはシゲルのある特殊な飲み癖のことである。シゲルはうんうんと頷いている。ひとしきりそうしていた後、口を開く。

「そうか……! 分ったぞ」

「え? 何が?」

「異常気象の謎だよ。そもそもおかしいと思わないか。何故こんなにも異常気象が続くのか」

 興奮しているシゲルを見ながら「出た、推理上戸……」と呟くリョウ。

「で? どういうことなの?」

「ああ……。閏年だよ」

「閏年? なんでそれが異常気象に関係あるんだよ」

 コージも話に乗ってくる。

「始めからから説明してやるよ。そもそも一年ってのはぴったり三百六十五日じゃないんだ」

「ああ、たしかその後、小数点何々って続くんだろ」

「そうだ。ちなみに正確には365.2422日ってことになってる。その余分な時間が四年分溜まったとき、閏年として二月の日数を一日増やして二十九日までにするんだ。それを閏年という」

「まあ、そうだね」

 と、これはリョウ。

「閏年の定義というのもあって、まず四で割り切れる年であること。もちろん西暦で、だ。そしてここからは例外。その内、百で割り切れる年は閏年ではない。しかしまた、四で割り切れ、しかも百で割り切れる年の内、四百で割り切れる年は閏年なんだ」

「へえ。なかなか詳しいね」

「ああ。ついこないだ二千年問題ってあっただろう?」

「そういえば、そんなこともあったねー」

「あの年も、三番目のルールが適用される珍しい閏年だったんだ。実はそのことも例の二千年問題の一因になったと言われているんだ。でここからが本題だ。ともかく閏年にはそれまでの余った時間が一日増える。ここまではいいか?

……つまり、『四年に一度、一日分、季節がズレている』んだ!」

シゲルの声が居酒屋に響き渡った。リョウもコージも驚きで声が出ないようだった。まさかここ数年続いていた異常気象の秘密が閏年に関わっていたなんて!

「つまり、四十年で十日、四百年で九十七日分ズレていることになる。ここで、中学の頃やった古典を思い出してくれ。旧暦では一、二、三月が春、四、五、六月が夏、七、八、九月が秋、十、十一、十二月が冬になっている。しかし新暦では三、四、五月が春、六、七、八月が夏、九、十、十一月が秋、十二、一、二月が冬となっているんだ。実に二ヶ月分ズレている。ここでいう旧暦は、正式には天保壬寅元暦といって弘化元年、つまり一八四四年に定められたものだ。今は二〇〇五年だから、百六十一年の差がある。これを四で割ると大体四十になる。約一ヶ月半だ。これはつまり、新暦になってから『一ヶ月半』分季節がズレている計算になる」

 それを聞いてリョウも興奮した声を上げる。

「本当だ……! 信じられない……。計算もぴったり合うよ!」


  シンキング・タイム! 〈私は読者に挑戦する〉

 実は、シゲルの推理には穴がある。それはどこだろうか? 謎を解く鍵は非常にあからさまな形で読者の皆様に突きつけられている!



しかし、ここでコージが乱暴にカウンターを叩いた。

「ちょっとまて。お前ら本気で言ってるのか?」

「え、だって、計算も合うし」

「落ち着いて考えてみろ。閏年は何のためにあるんだっけ? 逆なんだよ。暦と実際の季節の移り変わりのズレを補正するために閏年があるんじゃないか!」

「……あ、そうか」

「それより、俺の悲恋話を聞いてくれよー」

よよよ、と泣き出すコージ。居酒屋の夜は更けてゆく……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

居酒屋奇譚 明丸 丹一 @sakusaku3kaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ