上司の殺し方ーHow to kill your boss

深月珂冶

上司の殺し方

自分の人生がクソだと思うなら、変えればいい。

転職するのが本当の正解なのだろう。

そう簡単に言うけれど、実際には難しい。俺の今の状態ははっきり言ってクソに次ぐ、ベストオブクソだ。

今日も上司の郡山こおりやま竜ニ《りゅうじ》から叱責しっせきを受けている。

「お前さ。身体がひょろいから上手くいかないんじゃない?」

上司の郡山はいつも、俺に対して高圧的だ。俺の頭を机に押し付けてきた。

女子社員たちが悲鳴を上げるが、誰も助けやしない。

誰か止めろよと思うが、この会社ではムダだ。こんな会社では感情を殺す他ないのだろう。

「すいません」

「すいません?すいませんで済めば警察はいらねぇんだよ。さっさと営業行けよ!クソ」

「はい」

世間一般で所謂いわゆる、パワーハラスメントに遭っている。こんな仕事辞めてやると、何度思ったことか。

転職したいと強く思っても、それをしないのは金だ。

正確にはここを辞めても俺を雇ってくれる会社など、何処にもないと思っているからだ。

仕事も金もない地獄か、パワハラ上司がいるけど仕事も金もある地獄のほうがマシって判断だ。

そう言えば、最近、笑うこともなくなってきた。

面白味のない人生だ。家に帰って寝て、仕事に行く。それの繰り返しだ。

何のために生きているのだろうか。それすらも怪しくなってきた。


俺は家に帰ると、テレビを着けた。テレビ画面は砂嵐がざあと流れているだけだった。

チャンネルを押しても変わらない。俺はテレビを叩いてみた。すると、画面に文章が映し出される。


【ムカつく上司の殺し方教えます】


全く持ってふざけたジョークに思えた。俺は舐められている気分になる。

テレビは再び文章を映し出してくる。


【自殺に見せかけて殺す方法。①上司を屋上に呼び出し、靴を脱がして突き落とす。しかし、突き落とすところを見られていたらNGだよん。

②上司の飲み物にキョウチクトウの毒を忍ばせて殺す。でも、これも飲み物を検査されたらNGだよねぇ。ごめんね。どれもNGだ】


ふざけた口調と、非常識な内容に俺は呆れた。画面は再び、切り替った。


【あ。でもさ。上司を殺す方法を考えていたら気分が上がってきたよね?どう?上司を殺す方法、考えることを楽しみにするとかは。じゃあね】


画面の文章は消えて行った。俺はこの画面の主に少しだけ感謝した。

これは本当に面白い。実際に殺ったら犯罪だ。

けれど、上司を殺す方法を考えるのは楽しい。

俺はその日から、取り憑かれたように【上司を殺す方法】を考えるようになった。

上司の郡山を殺す方法を考える。見つからないように殺すにはどうしたらいいんだろうか。

事故と見せかけて殺す方法。毎日が楽しい。

焼殺しょうさつ毒殺どくさつ絞殺こうさつ刺殺しさつ、あらゆる方法を考える。不謹慎ふきんしんだが楽しかった。


ある日のことだった。上司の郡山が俺を屋上に呼び出してきた。


「なぁ。たまにはいいだろう。話をしようじゃねぇか」

「は、はあ」

俺と上司は屋上で話をすることになった。俺は郡山と話すことは何もない。

興味があるとしたら、お前を殺すことだけだ。

内心で思いながら、俺は上司と供に屋上に向かう。

俺と郡山は屋上に着く。

郡山は屋上に着くなり、俺と供にフェンスに寄り掛かる。唐突とうとつに口を開く。

「最近なぁ、会社のお金を使い込んでいる奴がいてなぁ」

「はぁ。そうですか………」

「それがなぁ、俺、その犯人を知っているんだ」

「へぇ。そうですか」

「なぁ。お前。そこで靴を脱げよ」

「は?」

俺はその時、唐突に察した。上司の郡山は俺に横領おうりょうの罪を着せて、

自殺に見せかけて殺す気だ。郡山のクズ具合に腹が立ってくる。

郡山自身が横領の真犯人なのだろう。俺はどう切り抜けるか考える。

「靴。脱ぐ必要ないですよね?」

「ああ。そうだな。これは上司命令だ」

「じゃあ、郡山さんも脱いでくださいよ」

「………っ」

「いくら上司命令って言っても聞けませんよ」

郡山は俺が従わないことに苦渋の表情を浮かべる。俺は郡山を睨む。

郡山は渋々と靴を脱ぎ始めた。俺は逆に郡山を殺してやるよと思った。

郡山が靴を脱ぎ終わると、俺は腕を掴んだ。

「郡山。お前、俺に横領の罪を着せようとしているだろう?違うか?」

「何のことだか」

「靴を脱ぐ必要なんてないよな?屋上で」

「あーあ。気付いていたか。っふふ」

郡山は顔を歪ませている。その顔は憎らしいほどのものだった。

俺はこれまで想像していた郡山を殺す機会が来たと思った。郡山は俺を掴むと、フェンスの外に押し上げようとする。

俺はそれに抵抗した。郡山はしぶとく、俺を掴む手を離さない。

俺は郡山に憎しみを込めた目線を送る。郡山は萎縮いしゅくした。

「ずっと、お前を殺したかったよ、郡山」

「っ。お前はクズだ。一生クズだ。俺を殺してもお前は幸せにはなれんぞ。ふふふ。お前に殺されるくらいなら、俺自身で死ぬわ。俺を殺せなくって残念だったな。岸川くん」

郡山は邪悪な顔で笑うと、自らフェンスの外に行き、飛び降りた。

激しい物音がして、郡山は絶命した。

もうこれで俺を苦しめる上司の郡山はいない。

郡山は本当に横領していた。その横領を苦に自殺したということになった。

俺は大声で笑った。


こんな素晴らしいことはない。晴れ晴れとした気分になった。


その後、俺は郡山の仕事を引き継いだ。

人をこき使う側になり、自分の仕事が楽になった。

こんなにも気分のいいものだと思わなかった。

けれど、唯一、不快な存在ができた。


それは今年入社してきた、新入社員の緑川だ。


こいつは昔の自分を見ているようで気分が悪い。本当に鬱陶しい。いじめてやろうと思った。


「おい。緑川。お前。どんくせぇな。気合で乗り切れよ」

「は、はい」

「お前。ごはん食べてきたのか?」

「はい」

「あ。あとお前のミスで俺が責任負わされたんだからな。お前、自分のケツは自身で拭えよ。お前、ケツをお母さんに拭ってもらうのか?」

「は。はい。すいません」

緑川は先日ミスを犯した。それは本当に些細ささいなもので、あまり重要なものではない。

ただ理由をつけてこいつをいびりたかった。びくりと怯える姿が面白い。

「すいません。次はしっかりと」

「おいおい。びびってるのか。泣くなよ?頑張れ頑張れ。俺はお前に期待しているんだよ?」

「………すいません」

俺は緑川のような奴が大嫌いだ。緑川をいじめてすっきりすると、俺は会社から退社した。

こうして威張れることがどんなに気分のいいものだろうと思えてきた。

毎日の充実感が湧いている。

帰ってからテレビを着けると、砂嵐が見えてきた。

郡山の殺し方を指南してきた時と同じ砂嵐だ。文章が見えてくる。


【君が殺される側になってしまったね。おもしろいよ。今の君はどんな風に殺されたい?】


この文章の主はふざけているのか。

俺はイラついて、リモコンでチャンネルを変えようとする。

しかし、画面が変わることはなかった。一体、どうなっているんだ。

テレビの文章は切り替る。


【そうだね。あの上司と同じじゃ、つまらないよねぇ。今から楽しみだね。インターフォンが鳴るよ。じゃあね】


文章通りにインターフォンが鳴る。俺は唾を飲み込んで、そのインターフォンの画面を見た。


上司の殺し方-How to kill your boss 了

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