クレーム対応室
ぷりんけぷす
第1話
「子供の教育に良くない」
「暴力的」
「食べ物を粗末にするな」
「距離が近すぎる」
テレビ局に日々入ってくる様々なクレーム処理が私の仕事だ。
私の名前は佐藤容子26歳。
この部署に配属されて今年で三年目を迎える。
仕事自体には慣れてきたけれど、家に帰り鏡を覗くと日々尽きる事の無いクレームによりストレスが顕著に体に刻まれているのが分かる。
辞書にも載っていない様な乱暴な言葉で罵倒されたり、幼稚でお粗末なクレームにも全て丁寧に対応しなくてはならない。
「楽しみにしていたのにオチが全然ダメ」
「番組の言うとりにしたのに恋人が出来ない」
「トイレのタイミングとCMのタイミングが合わない」
「元彼に似ているから気分が悪い。俳優を代えて」
などと、クレームにも満たないクレームの数々に沸々と怒りが込み上げ私は送話器に向かって
「うるさーい!」と叫びたいのをグッと抑え込み謝罪を繰り返している。
全部をメールかウェブで受け付けてくれれば良いのになと思うが、でも多分電話で直接話せるという事が相手にとって重要なのだろう。
私の仕事は放送局の向上の為に、ひいては日本全体の文化向上に繋がるのだ。
そう、私の仕事は役に立っている。そう言い聞かせながら日々を乗り切っている。
「おい。「殺人貴族」の放送を今すぐやめろ。」
電話を受けた私は「はいはい。いつものやつね、いいわ。今日も華麗に捌いてあげる。」と心の中で呟き息を吐いた。
「殺人貴族」とはうちの局で今放送中の人気ドラマだ。
ストーリーとしては、主人公が連続殺人事件の犯人で計算され尽した手口により全ての事件が完全犯罪となる。決して足の付か無い華麗な手口にマスコミやSNS上では「殺人貴族」と呼ばれている。というものだ。
まだ三話目を放送したばかりだが、地上波では割と珍しいダークヒーローの登上と緻密に計算された奇想天外なトリックが視聴者から大きな反響を呼んでいる。
もちろん、その分このドラマは他の番組よりもクレームが多かった。
当然と言えば当然だが大体が倫理的な問題を指摘される。
「殺人が成功するなんて何事だ」
「殺人者を貴族と称えるな」
「悪影響だ。子供が真似をする」
ドラマ内の報道機関に電話しているつもりなのか?と勘違いしてしまうクレームもあったが、私にはとりあえず謝ってなだめる事しか出来ない。
今回もどうせ同じ様な内容だろうと喉元には既に「ありがとうございます。お客様の貴重なご意見を参考にさせて頂き次回からの番組制作の品質向上に努めます。」を準備していた。
「はい。作者ですか?確かこのドラマは、弊社ディレクターの菊池が脚本を担当していると思いますが。今、確認致します。」
受話器の向こうの男は「殺人貴族」を作ったのは自分だと言っている。私はいつもとは違う種類のクレームに少し動揺してしまった。
「いや、大丈夫。そう、菊池健吾。そいつが俺のアイディアを盗んだんだ。こいつに電話を代わってくれ。」
「恐れ入ります。失礼ですが何か思い違いとかいった可能性はございませんか?」
「そんな訳あるか。悪いけどお前じゃ話にならないんだよ。とにかく早く菊池に代わってくれ。急いでいるんだ。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」私は無理を承知で菊池さんに電話を代わって欲しいと言われている、と室長に内容を説明した。
「なるほど。分かりました。佐藤さんはとりあえず席に戻っていて下さい。すぐに対応します。」
少しして室長が私の席の所まできて「菊池さんこっちに来てくれるらしい、ただ今少し手が離せないので少し繋いでいてくれとの事です。」と伝えられた。
菊池健吾とは当局が誇る数々のバラエティー番組を立ち上げてはヒットさせている敏腕ディレクターだ。
ドラマ脚本を手掛けるのは今回が初めての筈なのに期待を裏切らず見事にヒットさせている。天才って本当に居るんだなぁと私は思っていた。
「申し訳ございません。大変お待たせしています。お客様の状況を伺ってもよろしいですか?」
「あんたと話しても仕方が無いんだけどな。とりあえず俺はあのドラマの放送を今すぐ止めてくれればそれで良いんだ。後、ノートを返して欲しい。」
「ノートとは菊池の脚本の事でしょうか?」
「だから何度も言わせるな。菊池のじゃない、俺のアイディアだ。菊池はそれを盗んだんだ。」
「盗んだとは盗作という事でしょうか?流石にそれは考えにくいと思いますが。」
「あーもう、違うんだって。お前じゃ埒が明かないんだって。だから早く菊池に代われって言ってるだろ。間に合わなくなるかもしれない。
そうだ、ノートは別にそっちで燃やしてくれても良い。放送さえ止めてくれれば、要は世間に広がらなければ良いんだ。」
内容が世間に広がると困る?何故?盗作だから?
それならば自身の作品と言う形で発表する方向の方がお互いに良いのでは?
「つまりお客様は今後放送予定のドラマの内容がお分かりと言う事でしょうか?」
「当たり前だろ。ドラマの内容はともかくその殺人計画は全部俺のノートに書かれていたものだ。」
「え、あの、まさか、つまりお客様が殺人を?」しまった、つい口が滑ってしまった。
「そう、そのまさかだよ。」
私はビクっと体を震わせた。
背後からの声の主は菊池さんだった。そして笑顔で私に頷きかけ受話器を奪い取り男と話を始めた。
「お待たせしました。菊池です。
はい。
はい。確かに。
はい。
はい。分かりました。では、今からそちらに直接伺いますので。
はい。分かります。では、18時にその店で。
はい。はい。もちろんです。
では失礼しますね。」
そう言い菊池さんは電話を切った。
「よし。大成功だ。見事に釣り上げたぞ。」
私は余りにも状況が飲み込めずただただキョトンとしていた。
「ありがとう。えぇっと、佐藤さん。お手柄だよ。」
菊池さんは私の名札を見ながらそう言った。
「お手柄?一体何の事ですか?」
「んー。君も一緒に行くか。道中で説明するよ。それに若い子がいる方が場も和む。」
菊池さんは室長と少し話をして私を手招きで呼びつけた。
そして私は菊池さんに誘導されるがまま菊池さんの運転する車の助手席に座っていた。
「あの、菊池さん「殺人貴族」の脚本って菊池さんですよね?」
「んー。まぁ話は完全に俺だよ。話はね。貴族の様に華麗に人々を殺めて行く。おもしろいだろ?
完全犯罪のアイディアはさっきの電話口の男だ。」
「えっ?本当ですか?ダメじゃないですか。」
「まぁ聞きなさいよ佐藤ちゃん。盗人にも三分の理って言うのがあってね。まず、ある日この犯罪計画が書かれたノートが俺の元に届いてきた。」
そう言い菊池さんはカバンから一冊のノートを取り出し見せてくれた。
「まぁ正確にはテレビ局に届いたんだけど、宛名は俺の名前だった。
ノートの他には手紙も何も無く送り主も不明だった。何気にノートを開いてみるとその中身に俺は驚愕した。
その素晴らしい完璧とも言える犯罪計画に。そして同時に恐怖した。もし、この内容を実行する奴が居たら警察は捕まえる事が出来ないんじゃないかとね。
それ程このノートの中身は凄まじかった。
もしかすると、それを止めさせる為に誰かが俺にこのノートを託したんじゃないか?とも考えた。」
「つまり、このノートを元に菊池さんが脚本を書いた?でも、なぜ脚本なんですか?」
「うん。俺の得意分野はもちろんテレビだ。
全国放送でこのノートの内容を晒してしまえば持ち主は実行する事が出来なくなる。実行する前に完全犯罪のトリックがネタバレしちゃってるんだから。計画が完璧過ぎる故に少しの変更も許されない。ドラマ見たなら分かるだろ?それこそ住人の体温やら月の満ち欠けやらを利用し更に計算に計算を重ねて成り立っている。まぁドミノみたいなもんだな。」
「なるほどぉ。完璧過ぎると返って壊れやすいという事ですね。」
「うん。後、放送したら持ち主から接触してくると思ったんだよ。プライド高そうだし。
その為には多くの人に番組を見て貰わなければならない。今のテレビで視聴率が一番稼げるのがドラマだ。だから俺は「殺人貴族」の脚本を書いた。犯罪を防げるし、持ち主も分かる。一石二鳥だ。いや、しかも儲かるから三鳥か。」
盗人猛々しい、とは少し違うか。
「いやでもほんと凄い、全部菊池さんの計算通りじゃないですか。」
「まぁ半分は佐藤ちゃんのおかげだよ。」
「そんな私なんて全然なにも、じゃあ今からこのノートの持ち主を警察に突き出すっていう事ですよね。」
「え、なんで?勿体ない。」
「勿体ない?菊池さん、ここまで来て犯罪者を見逃すんですか?」
「いや、犯罪者じゃないよ。まだあくまで計画段階だ。」
「いや、でも危険ですよ。」
「だから俺がスカウトする。俺と一緒に仕事するんだ。こんな凄いトリック考えられる奴と俺が組めばヒット作量産間違い無しだろ?
俺と働いたら犯罪なんてやる暇与えないぞ。」
菊池さんの目は少年の様に輝いていた。
「でも、そんな簡単にスカウトに応じますかね?」
「ばーか。俺は天才ディレクターだぞ。」
「確かに。」
そのまま私は小さく頷き菊池さんに渡されたノートに目線を落とした。
私はノートを開けずに目線を戻し車の行く方向を眺めた。
この天才菊池に私の仕事を褒めて貰えた。ほら、やっぱり私は役に立っている。
クレーム対応室 ぷりんけぷす @princeps
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