その3

『送信に失敗しました。電波状況の良いところで再度お試しください』


『送信に失敗しました。電波状況の良いところで再度お試しください』


『送信に失敗しました。電波状況の良いところで再度お試しください』



「あーもうくそっ、本当にこれで合ってるのか」

『問題ありません。待てば海路の日和あり、です』

「うるさいなぁ! わかってるよ」


 受信したメッセージに返信するため試行錯誤を重ね、ようやく返信用メッセージの録音は成功した。

 でもそこからがまた大変。

 この最新鋭AI様がのたまいやがる電波状況が何なのかはわからないが、こいつの言うことにゃ『回数を重ねるしかない』とのことで、あたしは何度も送信を繰り返す。


「しかもあれから他のメッセージは受信しないし……お前本当に不特定多数との交信が可能なのかよ」

『可能です』

「どーだか」

 会話は可能だが返ってくる言葉にイマイチ説得力がない。


「あの時はどうしたっけな……そうだ。たしか息を吹きかけたんだっけ」

 あたしは蓋を開けあの時と同じように『帆』に風を当てる。

 すると壊れた自動人形オートマタが発するビープ音みたいな音が鳴り響き、何度か繰り返した後に昔ながらの電子レンジみたいな通知音が鳴る。


『メッセージを送信しました』

「やった。成功した」

 だからといって何か変わるわけでもない。

 そのままガラクタ釣りを再開して、その日は終わった。


 あれから返事は来ない。

 釣りをしながらチラリとボトルを見るけど、音沙汰なし。

 いや、気になってないよ。

 全然そんなこと、な、い……。


「……また、やってみるか」

 誕生日ケーキのロウソクに吹きかけるかのように、あたしは力強く帆を揺らす。


『メッセージを受信しました』

「やった!」

『再生しま』「するする。今すぐ再生して!」

 あたしは食い気味に言った。

 人間ならば気後れするかもしれないが、そこはAI。

 何の戸惑いもなく再生してくれる。



『――


 ああ、本当に。

 本当に届いたなんて。

 …………。


 ええと、どうしよう。

 何も言うことなんて考えてなかった。

 ……。

 ハ、ハローハロー、ぼくはリク。

 これは瓶詰帆船ボトルシップと言って、瓶詰帆船ボトルシップ同士でのみ通信が行える端末なんだ。

 だから既存の電波帯とは違う特殊で特別な通信規格。

 だから安心して。

 良かったら、もっとお話がしたいな。


 瓶詰帆船ボトルシップに願いを込めて。


 ――』



「あれ、お姉ちゃん今日はもう出かけるの?」

「ふぇっ!? うっ、うん」

 上ずった声に不思議そうな顔をするイズミを振り切り、あたしはいつもの場所に向かう。


『メッセージを送信しました』


『メッセージを受信しました』



『メッセージを送信しました』


『メッセージを受信しました』



 それから、あたしたちは幾度となくメッセージのやり取りを続けた。

 お互いのことを色々と話した。

 彼――リクもアジワ経済特区に住んでいること、二人ともあまり親とうまくいっていないこと、あたしは古代文明の解明を手伝っていること(ちょっと見栄を張ってしまった)、そして何より「退屈に殺されるのはゴメンだ」ということ。


「"AES"」

暗号コード付きメッセージを受信しました』

 これは暗号コードを解除するパスワードだ。

 瓶詰帆船ボトルシップ同士なら全てのメッセージを受信できてしまうので、暗号化することで特定の相手とだけやり取りできるようになるらしい。

 他の瓶詰帆船ボトルシップなんて存在するのだろうかと思いAIに尋ねてみると、

『今まで他者のメッセージを受信できたかい? それが答えさ』

 とか言いやがる。

 なんでお前が格好つけるんだよ。


「――瓶詰帆船ボトルシップに願いを込めて。"UGS"……っと」

 こちらもパスを付けて送信する。

 自動生成なので気休めだが、無いよりはマシだ。


「……どんな人なんだろ、リク」

『それは逢瀬をお望みということですね』

「そうそ……は、はぁっ!? 何言ってんのさ!」

『おいおい、素直になればいいじゃない』

「こいつ、叩き割るぞ」

『オーケー待った、冷静に話し合おう』

 段々馴れ馴れしくなってきたなこいつ……いや、でも。


「会いたくないって言えばウソになる」

『ヒューヒュー』

「……っ」

『とりあえず大きく振りかぶろうとする態勢からゆっくりとボトルを下に置くんだ、いいね?』『――メッセージを受信しました』

 間髪入れずに機械音声が入る。

 あたしはこの茶番劇を即刻打ち切ってメッセージを再生する。

 そして。



『――もし、良かったら一度直接会いませんか?』


 なんて、あたしの想いを見透かしたような言葉に胸がざわつく。

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