その2

 あたしは意気揚々とおじーちゃんの研究所に向かう。


 暗黒海オールド・シーで釣り上げた大量のガラクタに囲まれていて、みんなから変わり者だって言われてるけど、あたしからしたらみんなの方が変わり者だ。

 毎日同じことの繰り返し。

 そんなの、つまらないでしょ。

 おじーちゃんは退屈と戦っているんだ。

 あたしだって、こんなやつと一生付き合っていくなんてごめんだ。


「ふむ……これは、古代のものどころかつい最近作られたものじゃな」

「そうなの!? すごいの見つけちゃったーって期待したのに」

 あたしのとっておきの品はおじーちゃんの『退屈』には勝てなかった。

 そもそも不戦敗だ。


「しかし、凄いか凄くないかで言えば凄いぞ」

「すごいの!?」

ボトルの中に入っている複雑な建造物、これは古代の文献に載っておった。それが最近作られた、というのは気になるところじゃが……ああ、こっちのは古めかしいのう。ふむ、これは良い」

 興味はすぐに他の漂流物ガラクタへと移った。


「ね、ね、じゃあこれもらってもいい? カッコイイし」

 宝石の付いた護符アンクを渡す代わりに、あたしは不思議な瓶をもらった。

 なんとなく、お守り代わりに手元に置いておきたかった。


 それからしばらく、これといった成果はない。

 ここら周辺は調べ尽くしてしまったのではと思うが、おじーちゃんの話では『潮流』というものがあって、海は常に循環しているらしい。

 よくわからないが、つまり「待てば海路の日和あり」とのことだ。

 どういう意味か尋ねたら「昔の文献にそんな言葉があった」と。

 え、つまりどういうこと?

 食い下がったら辞書で調べ出した。

 知らないんじゃん。



「ようやく思い出した。そいつは『船』じゃよ」

「船?」

「海に浮かべ、水の上を進むための乗り物じゃな。なんならわしらは今も巨大な一つの船の上にいると言ってもいい」

「それって、海上都市メガフロート以前に使われていた乗り物ってこと?」

「そういうことじゃ。全世界メガフロート計画が遂行された今や必要のない、過去の遺産じゃな」

 あたしは改めて船の入ったボトルを眺める。


「こんなに細かくて複雑な形をしていたらすぐにダメになっちゃうんじゃない?」

「その複雑な形こそ意味があるんじゃ。例えば上部に取り付けられた三角形の布を『帆』と呼ぶが、ここで風を受けたり流したりして進む方向や速度を調節していたんじゃよ」

 その後も部位について説明を受けたが右から左に受け流した。

 あたしの関心事はこれがであるというその一点だ。

 退屈を抜け出し、あたしをどこかへ連れてって。



 帰り道、頭のほんの片隅にあった『帆』という単語を思い出す。

「風を受けて、進む速度を調整、ねぇ」

 あたしなら全速力だ。

 ボトルの蓋を開けて、フッと息を吹き込む。

 靡いた帆が左右に揺れる様子は勇ましい。

 やっぱカッコイイ。


『……ッ、……、ザ……ッ、、、……』

 不意にノイズが入る。

 公共放送?

 そんなの、いつ以来だっけ。


『電波良好。そのままお待ち下さい――メッセージを受信しました』

「うわっ」

 突然機械音声が響く。

 どこから――このボトルから?


『メッセージを再生しますか?』

 機械音声が続ける。

 何だこれ。

 メッセージ?

 ラジオ……ってわけじゃないよね。

 あんな不特定多数への電波発信、今じゃありえないし。


『メッセージを再生しますか? 「はい」か「いいえ」でお応えください』

 反応を促してきた。

 おじーちゃんが最近作られたって言ってたし、最新式のAIでも搭載しているんだろうか。


「……はい」

 一呼吸置いて答える。

 知らない相手からのメッセージなんて初めてだ。

 こういう野良電波には有害なメッセージが含まれるから再生してはいけませんって教えられたものだが、好奇心には勝てない。


 耳障りなノイズを繰り返しているのは再生準備だろうか。

 あたしはしゃがみこんでボトルを置いた。

 静寂が襲う。

 不思議と嫌じゃなかった。


 再び無機質な声が音声データの再生を告げる。

 次に聞こえたのは、決して機械音声じゃない、生きた誰かの声。



『――――


 ハローハロー、こちらアジワ経済特区。

 これはテストメッセージです。

 誰か、聴こえますか。

 届いていますか。


 これはテストメッセージです。

 天気は晴朗、視界も良好、順風で満帆。



 世界は本物ですか。

 未来は続いていますか。

 あなたは存在していますか。


 ――――』


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