ラムネひとつぶ

@sunset335

第1話

 夏が少し顔を出し始めた頃だった。恋が砕けた。

終わりのないように思えた時間を一年と少しほどに煮詰めた恋はあっけなく終わってしまった。理由を問う勇気は無かった。4文字分動く彼女の唇を、込み上げる何かを堪えて見ていた。

何もかも初めてだったあの日々は、私に多くのものを残したが、甘酸っぱいものだけを残してくれるほど世界は甘くない。失恋の反動は耐えうるものであるの読んでいたことが最大の失敗だった。私は自信をなくし、やがて人と話すことさえも億劫になっていった。大学にさえ足を向ける事が出来なくなってしまった。人と接することの恐怖。罪悪感と衝動の間で、私は逃げた。逃げて逃げて、とにかく逃げた。この時、世界がやがて大きく変わるとは砂粒一つ分も考えていなかった。

あの日々から二年が経った。風向きが大きく変わっていった。「仲良くしよう」、「一緒に何かをしよう」という風向きは目に見えない天災で覆った。人と人が隙間を開け、ひりつく視線で互いを見るように変わっていった。一人の時間は次第に増していった。夢の中、不定期にあの日々が帰ってくるようになった。古傷は忘れた頃にうずく。あの日微笑んでいた君の横顔の縁取りは少しずつ薄まっていく。心に空いた穴を少しずつ時間が修復していく。しかし、「元通り」には決して戻らないのだ。

喉が渇いた。水を飲みたい。台所の机の上、袋に入ったラムネがあった。大粒で、爽やかそうな姿をしている。一粒頬張って、噛み砕いた。三つの破片に分かれたラムネから、じゅわりと甘酸っぱい味がした。夜行バスの中、ラムネをくれた君を思い出した。「美味しいね」と、つぶやいて私は家を出た。

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