4-5 8/27(ii)

「さて、今日はどうしましょうか」と本浄が問いかける。

「多分、もう当初の目的地にはついていると思うよ」と僕は返す。

 僕たちは南で一番人口密度の低い場所に向かう、とだけ決めていたのだ。だとすればここでもう目標は達成している。

「そうですね、それに、スケジュールなんて立てるだけ無駄なのかもしれません。わたしたちが予定通りに事を運べるとも思いませんし」

「だったらここからはもっと南に行こうか。君が言っていた、南の楽園に」

「そうですね、わたし達にとっての世界の果てに行きましょう。ゆっくりと」

 本州の最南端が世界の果てであるはずなんてないのに、僕たちはそれを終着点だと信じていた。

「もう乗り物なんて必要ありませんね」

 本浄はそう言った。きっと物語が早く終わることを望んでいなかったからだ。電車は少し早すぎた。

 僕たちはとてもゆっくり進んだ。適当にとりとめもない話をしながら、田舎道をゆっくりと歩いて行った。二人、歩幅を合わせて。



 少しずつ南に進んでいくと、午後過ぎで一度、町のような場所に出た。

「ここで泊まる?」と僕が訊くと、本浄は「もう少し進んでみましょうか」と答えた。だから僕らはもう少し歩いた。やっぱり彼女は出来るだけ<世界>から離れたかったのだろう。

 それから夕暮れ時になり、再び人里から離れたところで、古びた旅館が一つ建っているのを見つけた。そういえば、未成年のみでの宿泊というものは可能なのだろうか。昨日はあのお姉さんの家だったから関係なかったけれど。僕は今になってそんなことが不安になった。

 それは結果的に杞憂だった。旅館の女将は僕らを少しだけ見て、そのまま笑顔で部屋に通してくれた。それどころか急の宿泊にも関わらず豪華な食事まで出してくれた。僕たちが少し申し訳なさそうな表情をしていると、彼女は笑ってから、

「どのようなお客様でも、幸せを求めているはずです。私達の仕事は、そのお手伝いをすることですから」と言った。

 お客様、という区切りであれば、僕たちは一時的に<世界>に手を伸ばしてもらえるのかもしれないな、という考えが頭に浮かんだ。

 それはもしかすると、本当の意味での繋がりとは言えないのかもしれない。けれど僕はそれでも構わなかった。たとえお金を介した結果の優しさでも、その思いやりは本物だと感じることができるのであれば、それでいいと思った。


「ねえ、日向野くん」

 食事を終え部屋に戻った。寝る前、彼女は僕に話しかけてきた。相変わらず彼女は僕と寝ることに対して全く意識しないようだ。僕も少しは緊張するものの、彼女には何かそれ以上の感情が先に出てしまう。

「わたし達の旅は、いつどこで終わると思いますか」

「さあね」と僕は返しながらも、終わりの日を何となく予感していた。

 いつだか彼女が駄菓子屋の少女と話していた、『夏の終わりと世界の終わりを重ねる物語』。意識的なのかどうかはわからないが、本浄はきっと、自分自身をそれになぞらえようとしている。だとすれば、全てが終わるのは8月の31日だ。僕はそれまでに何をすればいいのだろう。

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