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 今度は僕の方から本浄を呼び出した。僕一人でも行けないわけではないのだが、本浄と一緒に行きたいと思った場所があった。

 それは誰もがよく行く場所で、けれども誰と行くかで見るものが全く違うような場所だ。

 僕と本浄は互いに協力関係のようなものなのだから、こういうのもダメなわけではないだろう。


 僕と本浄は駅前の商業施設で待ち合わせた。

「日向野くんから場所を決めるなんて珍しいです。何か目的があるのでしょうか」

 今日も本浄はカメラを持ってきていた。あまり撮影の機会は無いかもしれない、そう前置きしておいたにも関わらずだ。

 彼女の撮りたい景色というのは、なんとなく人里離れた美しい風景のことだろうと思っていた。だからこの辺りには求めるものは無いだろう。そう思っての発言だった。

 しかし、実際にこの中に撮影対象が全くないとは言い切れないし、そもそも彼女の求めいている景色というものについて、僕は正確なことはわかっていない。

 そう考えると、彼女がカメラを持ってくることは何一つ不思議ではないだろう、そう解釈した。

 それに、写真を持つと彼女はいつもより少し楽しそうに見える。僕がそう思い込んでいるだけかもしれないけれど、そう見えるのだ。だからこれでいいと思った。


「今日はさ、本屋に行こうかなって」

「日向野くんが本屋、なんて珍しいですね。やはり、参考書を買いに来たのですか。それとも、読書をする気でも?」

 本浄が興味を示す。あれほど本に興味が無いと言っていた人間がそんなことを言うのだから当然だろう。

「前者は違うよ、正確には後者も違うと思う。今日は君の読む本を教えてもらいに来たんだ」

「わたしの、ですか」本浄が不思議そうな顔をする。

「うん、君もわかっていると思うけれど、僕一人じゃ参考書ぐらいしか眺めないし、僕はほとんど物語のことも知らないしさ」

「そうですか、でしたら別にいいですよ。ご期待に添えるかどうかは、分かりませんが」

 なんだかよくわからない、という顔をした本浄だったが、それでも頷いてくれた。


 けれども、あまり本屋を訪れる機会は多くはないんです。書店に入ってすぐ、本浄は言った。

「わたし、実はあまり本を買わないんですよ。親の持っていたものばかりなので、結構古めに偏っています」

「ああ、だから『ライ麦畑』とか『星の王子さま』とか、そのあたりが好きなんだ」

 それらの本は、どちらも近年の間に僕たちぐらいの世代で流行した、というわけではない。僕らの親や、それよりもっと昔の世代から読み継がれてきたような作品だ。

「そうなんです、最初から本棚にあった本ばかり。でも、とても良いですよ。いつの時代も変わらないような優しさや厳しさをわたしたちに教えてくれます」

「だから『永遠の』名作、なんていう帯がついているんだろうね」

 僕は並んだ文庫本の一つを指差した。

「まあ、それなりに名作を読んできたつもりですが、何一つ学んではいませんけど」本浄が笑う。

「僕は、君は勉強ができないだけで、本当は結構頭が良いんじゃないかと思っているよ」

 僕がそう言うと、彼女は意外そうな顔をした。そのように言われる経験はなかったのだろうか。

「それは驚きですね、どうしてですか」

「君の感じ方とか、言い回しとか。僕や普通の人にはきっと思いつかないような部分が、沢山あると思う」

 この前、星を見に行った時だって、駄菓子屋に出掛けた時だってそうだ。自分の不安や孤独について、それらを彼女なりの言葉で表せていた。もしかするとネガティブなことにしか当てはまらないのかもしれないけれど、彼女のあの話し方にはどこか特別なものを感じる。

「それは、多分賢いわけではありませんよ」

 僕なりの称賛を受け入れることなく、くすりと笑ってそう返す。

「じゃあ、どういう理由なの」

「言い訳や詭弁や皮肉が得意なんです。そうやって生きてきましたから。そうやって生きることしかできませんから」

 僕は納得した。

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