2-10 8/9(ii)

 それから僕等は新刊コーナーを見た。人気作品は話題の恋愛小説。余命を宣告された少女が必死に生きる物語。残された少年が懸命に生きる物語。そういうものに人々は感動するのだという。けれども本浄はそれらに興味を示さなかった。「興味がないの」と訊くと、「わたしには少し、眩しすぎます」と答えた。僕も同じ気持ちだった。

 一通り書店の小説コーナーを回り、彼女と話した後、僕はせっかくなので『星の王子さま』を買った。自分で参考書以外の本を買うなんていつ以来だろうか。けれども僕はこれを読む必要があると思った。本浄が度々口にするこの物語を知っておきたかった。

 僕は本浄のことを知りたかった。本浄のことをもっと知らなければならないと思った。


 それから僕らは普通の高校生みたいに買い物をしようとした。しかし、本屋以外に興味をそそられるものはほとんどなかった。本浄は本しか読まないし、僕は参考書しか買わない。家電量販店のカメラを見て、少し本浄の食指が動いていたが、ほんとにそれくらいだった。これなら屋上の観覧車の方がまだおもしろそうだね、なんてことを言い合って、僕らは本当に12分間の空中庭園を味わってみることにした。


「観覧車に乗るの、初めてかもしれません」係の人が入り口のドアを閉めた後、本浄が呟く。少しは嬉しそうな表情をしていた。

「なんだか不思議だね。三日前に遊園地に行ったときは何にも乗らなかったのに」

「そうですね。とはいっても、あれでは流石に『遊園地に行った』というような気にはなれませんでしたけどね」

 観覧車だけはなんとなく、遊園地にあるものよりも屋上にあるものの方が親しみがありますけどね。そんなことを彼女は呟いていた。

 そのまま高度は上がっていき、やがて町全体が見渡せるほどの高さになった。彼女は座席から腰を浮かせ、窓ガラスに顔を近づけ、小さくなった僕らの住処をのぞき込む。

「ああ、上の方から見てみると、わたしたちの住んでいる町は、こんな風に映るんですね」

 僕は西の方を指差し、「僕らの学校の校舎も見えるよ」と言った。「本当ですね」と本浄が首を縦に振る。

「不思議ですね。あそこにいる間はなにもかもがつまらないのに、ここから見たらあの場所も悪くは無いように見えます」

「そうだね、僕もそう思っていたところだった」

 嫌だと思っていたことも、見方を変えたらましに見えたりする。苦しいことも、時間が経過して振り返ると良い思い出だと言い張ったりする。みんな、そんなことばかりだと思う。

「じゃあ、あの場所が綺麗に見えるうちに、写真を撮っておきましょうか」

 そう言って本浄がシャッターを切る。

 彼女がシャッターを切るたび、少しだけ胸の奥に痛みを感じる。

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