12月2日【芋虫とカンテラ】
もうずいぶん歩きましたが、実浦くんはどこにも辿り着けずにいました。やっぱり壁には当たらなかったし、何につまずくこともない、平坦な道でした。
だけれど、いくら平坦で歩きやすいからといって、どこに向かっているのかも分からない道のりというのは、それは疲れるものなのです。実浦くんはとうとう立ち止まって、その場に座り込んでしまいました。
そして一息ついたとき、実浦くんはようやく大変なことに気が付きました。肩の上に乗っかっていた女の子が、せっかくあんなに光っていたのに、今はもう冷えた鉄鉱石のように熱も光も失っているのです。
「あっ」と叫んで、実浦くんは手のひらの上に女の子を乗せました。そして、か細い火種から火を起こそうというように、ふうふう息を吹きかけました。
それでも、女の子は冷たいままでした。そうしていますと、元々は女の子から光を分けてもらった実浦くんも、だんだんと真っ暗闇の中に還っていきます。
ひやっと冷たいものが、足元から這い登ってくるようでした。それはまたたく間に全身を覆って、口の中から入り込んで、実浦くんはまた動けなくなってしまうのです。その過程を、実浦くんはよく知っていました。
「ねえ、ねえ起きて」
手のひらの女の子を揺さぶりましたが、女の子はかえってかたくなに冷えていくようです。
実浦くんがとうとう諦めそうになったとき、暗闇のずっとずっと向こうを、青白い燐光が動いているのが見えました。実浦くんは、暗闇になりかけた足を引きずって、一目散にそれに向かって走りました。
「あの、あのう。光を分けてください」
燐光は、驚いたように実浦くんを見上げました。燐光に見上げられて、実浦くんも驚きました。光の塊のように見えたそれは、実浦くんの腕ほどの太さもある大きな芋虫なのでした。
芋虫はノクチルカのように薄ぼんやりと光っていて、みっつもある目をぎょろぎょろ動かしています。たぶん、とてもびっくりさせてしまったのです。芋虫はまさに踏み出そうと持ち上げたばかりの足を、ぴくりとも動かさずに固まっていました。
「あの、すみません。怖いことはありませんから、少し光を分けてください」
芋虫の了解を得ないうちに、実浦くんはしゃがみ込んで、芋虫の背中に触りました。芋虫の光は、女の子の火花のようにまばゆくはありませんでしたが、確かに実浦くんの輪郭を取り戻してくれました。
『ああ、びっくりしたあ』
芋虫が、少しだけ怒ったように言ったので、実浦くんは非礼を侘びて、それから事情を説明しました。
暗闇の中をずっと歩いてきたこと。さっきまで光っていたはずの女の子が、暗く冷たくなってしまったこと。実浦くんも真っ暗闇に呑み込まれそうになっていたこと。
事情を知りますと、芋虫は『それならば、仕方がないね』と神妙な顔でうなずきました。
芋虫が機嫌をなおしたようなので、今度はちゃんと断ってから、芋虫の背中に女の子を乗せてみました。そうすることで、女の子が光を取り戻すのではないかと思ったからです。
けれど、女の子はやっぱり鉄鉱石のまま、冷たく横たわっているのでした。
「どうしよう」
実浦くんの目に、涙の膜がかかりました。『かなしいの』と芋虫が尋ねます。実浦くんは「分からない」と答えました。
実のところ、光らなくなってしまった女の子が可哀想で悲しいのか、光る女の子を失ってしまった自分が可哀想で悲しいのか、実浦くんには分からないのです。
今にも泣き出しそうな実浦くんを見て、芋虫は気の毒そうに『おやまあ』と言いました。
『だいじょうぶ、さっきまで光っていたんでしょう。だったら、また光り始めるよ』
そして芋虫は『そうだ、こうするといい』と嬉しそうに言うやいなや、体をぐんと伸ばして、柔らかなお腹いっぱいに息を吸い込みました。するとどうでしょう。確かに芋虫だったはずの体が、たちまち飴細工のようにぐんにゃりねじ曲がり始めたのです。
実浦くんが呆気にとられているうちに、芋虫はまったく芋虫とは言い難い姿になってしまいました。それは、ちょうど実浦くんが手に持って歩くのに丁度良い大きさのカンテラでした。
芋虫だったころと同じように、青白い燐光を放っているカンテラは、やっぱり芋虫だったころと同じようなみっつの目玉をきょろっと動かして、実浦くんにウインクをしました。
それで実浦くんはすっかり承知して、冷たいままの女の子をカンテラの中に寝かせたのです。カンテラの中は、まるで芋虫のおなかみたいにふかふかしていて、とても寝心地が良さそうでした。
『これで、いつ目が覚めてもだいじょうぶだね。カンテラの中に光があるのは、当たり前のことだもの』
それを聞いて、実浦くんは本当にひと安心して、カンテラを持って立ち上がりました。
『どちらへ歩いて向かっているの』
芋虫だったカンテラが、実浦くんに尋ねます。「どちらへでも」と実浦くんは答えます。
「どちらへでも行くと良いって、この女の子が言ったから」
弁解するように続けたのは、なんだか自分がとても気取ったことを言ったような気がして、恥ずかしくなったためでした。
芋虫は、あるいはカンテラは、『そうなの』と頷いて、それからは黙ってぺかぺか光り続けるばかりでした。
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