幼馴染の妄想を聞く

月之影心

幼馴染の妄想を聞く

「幼馴染ってどう思う?」


 目の前……と言うか僕の真上にある二つの山の向こうにある顔が話し掛けてきた。


「どう……って……何が?」


 僕の顔を覗き込むその顔が呆れた顔になってる。


「もぉ……鈍いなぁ。」


 何のこっちゃ分からん問い掛けに答えられなかったら鈍感認定されちゃったよ。


「幼馴染同士が彼氏彼女になるって、テンプレにひと騒動加えないと上手くいかない風潮ってあるでしょ?あれってどうにかならないのかな?」


 あ、妄想部分全部飛ばしてて誰にも分からない話だった。


「そうなの?」


 としか返せない。


「これは由々しき事態だよ……」


 何が由々しき事態なのか分からないけど、何か拳を握り締めてるよこの子。


 この子=飯山樹里いいやまじゅりは隣の家に住む僕=乃木蒼汰のぎそうたの幼馴染で、朝起こしに来てくれるしお弁当作ってくれるし勝手に部屋に入ってくるし人のベッドで寝るしその他諸々だし……と、いわゆる『幼馴染属性てんこ盛り』のナイスバディウルトラプリティモテモテガールである。


 今の状況を脳内で思い浮かべた方はその通り。

 僕の頭は樹里の太腿の上にあって、樹里が僕の頭を撫でていて、いわゆる『膝枕』をしている状態だ。

 僕は上を向いて寝転がってるんだけど、樹里の顔はその大きな二つの膨らみに邪魔されて見えたり隠れたりを繰り返している。


「いきなりどうしたの?」

「うん、何て言うか……ほら、私って蒼汰くんにとって理想的な幼馴染でしょ?」


 自分で言っちゃってるよ。

 否定はしないけど。


「でも、このままだと何の波風も立たずに上手くいかなくなる可能性があるのよ。」

「ひと騒動が必要って事?」

「そう。」

「例えば?」


 頭の上のナイスバディ(中略)ガールが考え込む表情になってる……と思う……山でよく見えないけど。


「そうねぇ……例えば、蒼汰くんに言い寄って来る女が出現とか。」

「ほほぉ。」

「その女は見た目も属性も私と正反対なの。」

「属性?」

「そう。私が『光』ならその女は『闇』みたいな。」

「それ何のゲーム?」

「そして蒼汰くんはその女の魅力に当てられてだんだん自分の心を失っていくの。」

「本物の闇属性じゃん。」


 樹里が脚をもぞもぞと動かして腰の位置を変える。

 それに合わせて僕の頭もゆらゆらと揺れる。


「そこへ現れる理想的な光の幼馴染。」

「光の幼馴染……」

「蒼汰くん!自分を見失ってはいけないわ!私はここに居るよっ!」


 あ~ぁ……別の世界に行っちゃった。


「蒼汰くんの手を掴む私。はっと振り返る蒼汰くん。『樹里……ごめんよ……危うく身も心もあの女に持って行かれるところだった……ありがとう……』そういって光の幼馴染を抱き締める蒼汰くん……」

「何だそれ……」


 樹里は遠くを見ていたかと思うと、がばっと僕の頭を両手で掴んで目をじっと見詰めてくる。


「うぉっ?」

「でもそれでハッピーエンドは来ないの。」

「へ?」

「実はその闇の女の正体は、私の親友の杏奈あんなだったの。」

「親友なら最初に気付こうよ。」


 再び拳を握り、険しい表情になる。


「私は言うの……『杏奈!どうして貴女が!?』……杏奈が答えるわ……『私は……貴女が羨ましかった……そんな何の取り得も無いどこにでも転がっている平凡な男が幼馴染で居る事に……』」


 何か妄想の中で盛大にディスられてるんだけど。


「『だから!貴女からその男を奪ってやろうと思ったのよっ!』」


 あ、まだ続きがあった。

 と言うか、杏奈ちゃんって彼氏居るし、その彼氏って僕の親友の秀一しゅういちだし、相思相愛メーターMAXに振り切ってる2人だし、何だかんだ僕たちと4人で遊ぶ事も結構ある仲良しさんだよ。


「私は蒼汰くんの前に立ちはだかって言ってやるの……『絶対にさせない!蒼汰くんは私が守るのっ!』……言い終わると同時に私と蒼汰くんの体が光に包まれて……」


 暴走しだした。


「ちょっと待とうか樹里。そこまでいくともう『ひと騒動』じゃなくなってるから。」


 樹里が真剣な顔で僕の顔を見下ろしてくる。


「それもそうね。でもこれくらいが無いとダメなのよ。」

「『何か』が過ぎるだろ。」

「じゃあ蒼汰くんはどんな事があればいいと思うの?」


 少し不服そうな可愛い顔が僕を見詰めている。


「いやいや、別に僕は騒動とかめんどくさいから要らないよ。」

「え?でも何か無いと上手くいかなくなるかもしれないんだよ?」

「上手くいくかもしれないんだろ?」


 樹里が眉間に力を入れて僕を睨むような表情になっている。


「じゃあさじゃあさ、蒼汰くんは今までずっと使ってきて色も柄もくたびれてきたシャツと新しく買ってきた新品のシャツとだったらどっちがいい?」

「そりゃ新しい方がいいよ。」

「でしょ?」

「いきなり話がぶっ飛んでさらに見えなくなったんだけど。」


 不思議そうな顔をする僕に、樹里は相変わらず厳しい表情を見せる。


「つまり、長年連れ添った幼馴染はずっと使ってきたシャツで、蒼汰くんを奪おうと突然現れたのが新しいシャツなんだよ。」


 何だその例え。


「そしたら蒼汰くんは古いシャツはタンスの奥にくしゃくしゃに押し込んで着なくなっちゃって、毎日毎日その新しいシャツしか着なくなるんだよ。」

「毎日同じシャツは着ないだろ。」

「気に掛ける度合いが減るんだから、何も無ければ長い付き合いのある幼馴染はどんどん不利になっていくの。」

「何の有利不利だよ。」


 まぁ要するに、何の変化も無い関係では外からの刺激を受けやすく、そっちに流れてしまうから『そんなのヤダ』と言いたいのだろう。

 どこまでも可愛い奴め。


「けどそれって樹里にも言えるんじゃないの?」

「ふぇ?」

「僕が樹里との付き合いが長いって事は、樹里も僕との付き合いが同じだけ長いって事で、樹里は僕を『着古したシャツ』って思ってるって事になるよ?」

「わ、私は古いシャツの方がいいもん!新しいシャツに心移りなんてしないよ!?」


 季節が変わる毎に僕の部屋に来て『今年の新作ぅ~!』とか言いながらファッションショーするのはどこの誰ちゃんだ。

 僕は枕になっている樹里の太腿を手でぺちっと叩いて樹里の顔を見上げた。


「なぁ樹里、一つ考えてみようか。」

「何を?」

「テレビとか映画で人気の出るドラマってどうして話題になったり印象に残ったりすると思う?」

「そりゃ出演者が有名人だしストーリーが面白いからでしょ?」

「そうだね。じゃあそのストーリーって僕たちの周りでもよくある事かな?」


 樹里は僕の問い掛けに真剣な顔で考えて答えを探している。


「場面場面では日常的なシーンもあるけど、面白いと思う場面はそうそうある事ではないかな。」

「日常的に無いからドラマになるしそれに興味を持つ人が居るんだよね。」

「うん。」

「樹里の言う『幼馴染カップルが上手くいく為のひと騒動』って、僕たち以外の幼馴染の間でよくある事?」

「よく……は無いと思う……そういう話はよく聞くけど……」


 僕は樹里の顔を見上げたままニコッと笑顔を作る。


「『よく聞く』と言うのは、普段周りで滅多に見聞きしない『ドラマ』だから樹里が興味を持ったし印象にも残ってるんじゃないかな?」

「それは……そうかも……」

「な?『何か騒動のあった幼馴染カップル』の話が頭に残ってるだけで、実際何も無い方が多いんだよ。」

「そういう事かぁ……」


 僕を見下ろす樹里の顔がじわじわと笑顔に変わっていく。


「じゃあ私と蒼汰くんも今のままで大丈夫なんだ!」


 真剣な顔をしている時も可愛いけど、やっぱり樹里は笑顔が一番だな。


「そうだね。まぁ……」


 僕は樹里の目をじっと見詰めて言った。












「僕たち付き合ってはいないけどね。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幼馴染の妄想を聞く 月之影心 @tsuki_kage_32

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ