13

 ファミリーレストランのドリンクバーに近い席に案内されるや否や、坂井ちゃんはメニューを広げ、向かいに座る俺に念を押してくる。

「デザートも頼んでいいんだよね」

「もちろん。値段は一切気にしなくていいから」

 大富豪気取りで受け答える。給料日だけは気が大きくなる。といっても、せいぜい安さが売りのチェーン店で、だけど。それでも坂井ちゃんは目をらんらんとさせて、あれもこれもと選んでいった。結果、注文の品がすべて出揃ったテーブルには、夕食にしても多過ぎるんじゃないかと突っこめるほどの量が並んだ。

「夢みたーい。いただきまーす」

 坂井ちゃんは俺に両手を合わせてからメインのひとつに取りかかる。

 俺も、スパゲッティのみの夕食を口に運んだ。知らないうちににやけていたらしく、食事の合間に指摘される。

「つかっちゃん、顔の筋肉が崩壊寸前。気持ち悪いんだけど」

 締まりのない顔を指摘されるのは、もはや日常茶飯事になっていた。ルカとそういう関係になってから、両親や両方のバイト先の人達にも言われた。何かいいことでもあったのか、と。

「ごめん。つい、思い出しちゃって……」

「私も早く聞きたいんだけど、これ全部片付けてからね。つかっちゃんも食べることに専念して」

 そう言うと、脇目もふらずに次々と料理を平らげていく。三十分後には食後のパフェを目の前にして、話を促した。

「それで、どういうことになったわけ? 包み隠さず教えなさいな」

 彼女の協力なくしては、俺とルカが結ばれることはなかっただろう。俺自身、聞いてほしくてうずうずしていた。だから喜々として打ち明けた。江の島で坂井ちゃんと別れてから、映写室のことまで。

「ちょっとちょっと、本当に⁉」

 坂井ちゃんが甲高い声で叫んだ。周囲にいた何人かがこちらに注目するほどの声だった。

「興奮しないでくれよ。他の人に迷惑だって」

「ごめん、ごめん。想像したら抑えきれなくなっちゃって」

 坂井ちゃんは冷静になる為に、ドリンクのお代わりを取りに立ち上がった。俺の分も持って戻ってくると、パフェの残りを突きながら言う。

「展開速くない? 告白すっとばしてキスしちゃうなんてさ」

「俺だってびっくりだよ。でも、考えるより先に身体が動いたんだ」

「なるほどー。で、キスした感想は?」

「それが――」

 うっかり口を滑らせそうになって、慌てて言い換える。

「悪いけど教えたくない。あれは、ルカと俺だけのものだから」

「いいですよ。その顔見れば、どれほどよかったかわかるしね」

 坂井ちゃんはドリンクを弄ぶと、迷いを見せてから尋ねてきた。

「つかっちゃんは、ルカのどこが好き? 全部とかいうのは、なしね」

 俺は頭の中でルカの姿を描きだした。甘い顔と甘い声で俺の名前を囁いてくる。

「どこって。あんなにかわいくてピュアな子、いないだろ。今まで付き合ったどの子よりも上だよ」

 恥ずかしげもなくのろける俺をまじまじとみつめてから、坂井ちゃんは真剣な表情になった。

「ルカは、アイドルじゃないよ」

「は? 何をいきなり。一般人だろ、わかってるって」

「そうじゃなくて」

 と、苛立たしげに続ける。こんな坂井ちゃんは初めてだ。

「私が言いたいのは、偶像視するのはやめてってこと。ルカが稀に見るかわい子ちゃんなのは認める。そもそも私の方が先に目をつけてたし。でもね、ルカはリアルだよ。そこらの男の子と変わらないの。だから、見た目だけで勝手にこうだって決めつけないでほしいんだ」

 どこか含みのある忠告に、俺は不安を覚えた。

「ルカのことで知ってることがあるなら教えてくれよ。持って回った言い方しないでさ」

 だけど、坂井ちゃんは教えてくれなかった。ただ、本人が打ち明けるまで待ってあげてほしいと頼んだだけだ。

「私は、つかっちゃんもルカも大好きだから幸せになってほしい。それだけ……」

 最後に締め括る坂井ちゃんの目は、どこか寂しそうだった。

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