12
キスしたのは間違いだったのかもしれない。何故かって、ルカが俺を避けるようになったからだ。あからさまにじゃないけど、距離を置きたがってるのはわかる。会話も弾まないし、どこかよそよそしい。昨日のデートの帰りも、そして今日の夕方、顔を合わせた時もそうだ。早番の俺と入れ替わりに出勤したルカは、あいさつもそこそこに映写室へ上がってしまった。何か聞きたそうな坂井ちゃんを見ないようにして、俺は足早に出ていった。
オリオン座を後にしてからもまっすぐ帰る気になれなくて、駅近くの居酒屋に入った。酒が強くなかろうと飲まなきゃいられない気分だった。安くてうまい料理も楽しめるこの店で、所持金の許す限り、やけ酒とやけ食いをした。そうしながらも、頭の中には常にあのキスがあった。好かれていると思っていたのは、うぬぼれだったんだろうか。
「ちっくしょう……」
勢いよくあおり、ビールを追加注文し続けた。
居酒屋で二時間も粘った後、酔いを醒まそうと、ふらつく足でオリオン座の裏にある大きな公園へやって来た。まだ七時を過ぎたところだから物騒な気配はない。それでも念の為、人目を避けようと滑り台の下にあるトンネルへ潜りこんだ。ここに入るのは子供の時以来だ。大人になった身体ではさすがにきつい。丸まって体勢を整えているうちに、いつしか眠りについていた。
「誰かと思ったら、本条くんじゃないか」
懐中電灯の眩しさで目が覚めた。交番勤務の沢部さんだ。
「こんな所で寝てたら危ないよ。何も盗まれてないかい」
俺は苦労してトンネルから這い出ると、ジーンズのポケットから財布を取りだした。かろうじて残したバス代も含めて無事だった。
「きみみたいな好青年が酔っ払うなんてめずらしいね。家まで帰れるかい? なんならパトカーで送ってあげようか」
「遠慮しときます」
ジョークか本気かわからない沢部さんに礼を述べて歩きだす。腕時計を確認すると、もうすぐ十一時だ。オリオン座を閉める時間。そう思うと、足はそちらへと向いていた。
「つかっちゃん、どうしたの」
レジにカバーを掛けていた坂井ちゃんが驚きに声をあげた。
「小糸さんはもう帰った?」
坂井ちゃんは頷き、人差し指を上に向ける。
「ルカはまだいるよ」
「悪いけど、何も訊かずに先に上がってくれるかな。戸締りは俺がやっておくから」
「了解。後でちゃんと話聞かせてよ」
坂井ちゃんは俺に鍵を渡すと、私物を手にして帰っていった。
俺は頭をすっきりさせようと力いっぱい両頬を叩き、意を決して階段を登った。
無言でドアを開けると、ロッカーの扉の陰にいたルカが話しかけてくる。
「坂井ちゃん、忘れ物?」
身支度を終え、俺に気づいた顔が途端に強張る。
やっぱり避けられてるんだと、胸が痛んだ。それを振り切って、映写室の大きなガラス窓にルカを追い詰め、逃げ道を塞ぐ。
ルカは俺の腕の間で顔をそむけた。
「司、酔ってるでしょ。お酒臭い」
「俺、悪いことしたとは思ってないから」
きっぱりと言ってのけた。もちろん、アルコールの力も借りて。
「あの時、ルカだって抵抗しなかったろ。いくらだってできたはずなのに」
ルカは依然として顔を横に向けたまま、震える声を絞りだした。
「ダメなんだ。俺、これ以上、司に惹かれたくない」
その言葉が俺を更に奮い立たせた。相手の顔を両手で挟みこむと、無理やり視線をこちらへ向かせる。
「俺は我慢なんてできない。嫌なら本気で抵抗しろよ」
昨日のキスとは正反対に、強引に唇を奪った。ルカの口から呻きとも喘ぎともつかない声がこぼれる。それにも構わず、息苦しくなるまで唇を押しつけ続けた。
解放した後、今度はルカの方からキスをせがむように顔を近づけてくる。
「俺のこと、好きだって言って……」
熱っぽいまなざしと声で懇願する。
「お願い、司。口に出して、そう言って……」
「ルカ。好きだよ」
なんのためらいもなく、その言葉が出た。
俺の答えに、ルカはキスで応じる。愛おしそうに、ついばむようなキスを繰り返す。
「俺も司が好き。もう抑えるなんて、できない」
静かな映写室に、互いの吐息だけがこだました。
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