Coppélia-人型ロボットのコッペリア-

刻露清秀

ホフマン、ドリーブ、そして振り付け師たちに敬意を表して




✳︎✳︎✳︎




 こことは異なる世界のこと。遥か彼方の銀河系。人類は百人規模のムラで支え合って暮らしていた。そんな中ムラの活動にも参加せず、一人で引きこもって暮らしている男がいた。


 彼は白髪頭を振り乱し、無精髭を生やし、猫背でガニ股で、ぶつぶつと独り言を言いながら、眼鏡の奥の青い瞳をギラギラさせていた。


 男の名はコッペリウス。この世界でいうロボット工学の技術者である。次から次へとロボットを作り出すことでムラの活動に貢献していたが、大層な癇癪持ちで、そのうえ陰気で気難しく、ムラ人からは疎まれていた。


 彼のコロニーの二階のベランダには、コッペリウスが作った人型ロボットの少女、コッペリアが座って本を読んでいる。


 しかし、ムラ人はコッペリアがロボットであることを知らなかった。コッペリウスの作るロボットは、収穫ロボットにせよ、洗濯ロボットにせよ、人間とは程遠い姿形をしていた。ロボットを人型にするという概念がなかったのである。


 従って、ムラ人たちにとってコッペリアは、澄ました顔で本を読んでいる人間の少女だった。たしかにコッペリアは一目見ただけではロボットには見えない。ふさふさとした金髪、長い睫毛、零れ落ちそうなほど大きな青い瞳、薔薇色の頬。どこからどう見ても美少女である。


 コッペリウスはムラ人から疎まれているため、自然とコッペリアも除け者にされていたものの、あの美しい娘は何者なのかと話題にされていた。青い瞳はコッペリウスに似ていると言えなくもないので、たぶんコッペリウスの娘なのだと言われていた。


 そんなコッペリアにいたく心惹かれている青年がいた。フランツという名前のその青年には三歳年下のスワニルダという婚約者がいるのだが、どうにもムラ社会に息苦しさを感じ、そこから離れた存在であるコッペリアに惹かれていたのだ。


 このフランツという二十歳の青年はけして醜男ではなく、むしろ美男子の分類なのだが、どうにも自信なさげで動きが鈍いせいか、いじられ体質であった。あわやイジメに発展するかどうかの瀬戸際で、幼馴染のスワニルダに助けられてばかりいる。ムラ人たちには情け無い男だと憐れまれ、彼自身もこのことを恥じていた。


 フランツにとってムラは、自己嫌悪に陥る場所であり、スワニルダは劣等感を煽られる存在だった。コッペリウスの古びた館の向かいにあるスワニルダの家にいる時、フランツの瞳はスワニルダを離れ、向かいのベランダを伺っていた。


 コッペリアは夢を見るような瞳で、うっとりと本に見入っていた。その美しい姿が、お淑やかな態度が、フランツをどこか懐かしいような気持ちにさせるのだ。


 スワニルダは明るく無邪気な人気者の少女だが、その無邪気さがフランツには重荷だった。彼女のことを嫌いではなかったが、疎ましく思うことはしばしばあった。


「ねえフランツ」


スワニルダが話しかけても


「ああ、うん」


と上の空。スワニルダが


「またコッペリアを見てるのね」


と怒りを滲ませても、聞いちゃいないので


「そうだね」


と相槌を打つ。スワニルダがやきもちを焼こうが、何をしようが、フランツの関心を惹くことはなかった。フランツはその巻き毛の頭を傾け、緑の瞳を潤ませて、コッペリアのことを考えている。その姿は物憂げでなかなかに美しかったが、当然スワニルダはコッペリアのことが嫌いだった。


 そんなある時のこと。コッペリウスはロボットの部品を買いに、隣のムラに出かけていった。


 コッペリウスのコロニーは、今時珍しいパスワードの鍵がかかっている。ムラ人達は鍵などかけないのに。ムラ人達はコッペリウスの館など興味がないので、好きにさせていた。


 だがスワニルダは違う。にっくきコッペリアの尻尾を掴んでやろうと、館への侵入を目論んでいた。そこでコッペリウスが家に入るところを監視し、パスワードを割り出した。


「C-o-p-p-é-l-i-a-コッペリア、か。わかりやすいパスワードね」


周りが呑気なムラ人だらけのせいか、コッペリウスのセキュリティ管理はガバガバであった。


 スワニルダは決意した。いけすかないコッペリアの尻尾を掴んで、フランツの目を覚そうと。そして腕の立つマリアと口の立つアンナという二人の友人を引き連れて、恋敵コッペリアを討つべくコッペリウスの館へと忍び込んだのである。

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