第8話
「さてと、今日もバイトか」
俺は身支度、といってもまたTシャツにGパンに着替えただけだが、バイト先のコンビニに向かった。
「おはようございます」
「おはよう、小野さん」
「店長、いつもいますね、いつ帰ってるんですか?」
「えっと、おとといは帰れたかな」
店長は力なく笑った。
コンビニも、なかなかブラックな業界だな、と俺は思った。
「今日は、加川さんお休みだから、僕がお店にでるよ」
店長はふらふらとしながら、店の裏のデスクから、立ち上がろうとした。
「店長、しばらく暇だと思うので、横になって寝てて下さい」
俺は、店長を見てられなくてそう言った。
「悪いね、小野さん、お言葉に甘えさせてもらうよ」
そう言って、店長はまたデスクの椅子に腰掛けて目をつむった。
幸い、今日はお客さんが少なめで、一人でもどうにか仕事を回せた。
「ありがとう、小野さん。もう大丈夫」
店長は少しだけ顔色が良くなったようだ。
「店長、あんまり無理しない方が良いですよ? 体調崩したら元も子もないですよ」
「そんなこと言ってくれるのは小野さんだけだよ」
店長、真面目なのに家庭は上手くいっていないんだろうか?
ちょっと疑問に思ったが、店長にあんまり細かいことを聞くのも悪いように思って、あとは黙々と仕事をこなした。
バイトは夜8時に終わった。
店長も今日はこの時間に終わりにしたようだ。
「小野さん、ありがとう。 お疲れ様」
「お疲れ様です」
俺は嫌な予感がして、店長の後を追いかけた。
店長は、見覚えのある道を歩いて行った。
ちょっとふらつきながら。
周りの様子を見る余裕もないようで、なんどかすれ違いの人にぶつかりそうになっていた。
俺は、この道の先にある歩道橋に向かっているのではないかと嫌な予感がした。
予感は的中した。
「店長、いけない!!」
店長は歩道橋から車道をじっと見下ろしていた。
俺は慌てて、店長に追いつくと店長を羽交い締めにした。
「あんた、また来たの!? 二度目は許さないって言ったのに馬鹿ね!?」
ナナだ。
死に神のナナだ。
俺は恐怖を感じながらも変身した。
魔法少女に。
「ナナ、今度は店長を殺すつもり!?」
「勝手に死にたがってるのよ? 私は自由にしてあげるだけ」
ナナはそう言うと大きな鎌で、店長の首をはねようとした。
その鎌が振り落とされる前に、もう一人の魔法少女が現れた。
「百々花!?」
「あぶない、あぶない」
百々花はそう言って、ステッキを動かし、鎌をかわした。
「炎の矢!」
俺は、そう言って、ナナに向かって右手を伸ばした。
炎が弓矢のようにナナに襲いかかる。
ナナは、簡単に左手で炎の矢を振り払うと笑った。
「今日は二人がかり? でも、ギャラリーが集まって来ちゃったみたいね」
ナナの言葉に、辺りを見回すと、歩道橋の下にはスマホを構えた人々が集まってきていた。
「今日はここまで。 あなたたち、運がよかったわね」
ナナはつまらなそうに舌打ちをして、消えてしまった。
私と百々花も変身を解いて、店長を歩道橋から下ろした。
「店長、大丈夫ですか?」
「小野さん。 それに、えっと?」
「相沢百々花です」
「相沢さん、なんで助けてしまったんですか? 僕は死にたかったのに」
「そんなこと言わないで下さい」
俺はそう言って、店長を抱きしめた。
店長は泣いていた。
「家にも居場所がなくなって、店はノルマが厳しくて、毎日本部からはメールではっぱをかけられて・・・・・・。俺なんて、駄目な店長なんだ」
「そんなことないです」
「小野さんくらいだよ、そんなこと言ってくれるのは」
「スマホ、貸して下さい」
「え!?」
「奥様に連絡します」
「え!? 怒られるだけだよ、やめてくれ」
「いいえ、黙っていられません」
俺は店長からスマホを受け取ると、妻の電話を探し、通話ボタンを押した。
「あなた、今日は帰れるの!?」
とげとげしい声が聞こえた。
「私、バイトの小野と申します。 店長が自殺未遂をしたのでお電話しました」
「何ですって!? 夫は大丈夫なの!? 代わってください!!」
私は店長にスマホを渡した。
「俺だ。すまない、もう、俺は無理だ」
「何言ってるの! あなた、仕事がつらかったら何時辞めたって構わないのよ。私だって働くから!」
「俺は金を稼ぐATMじゃないのか?」
「馬鹿なこと言わないで! 貴方の命の方が大事でしょ!? 」
大きな声で話していたから、店長の妻の声も聞こえた。
「店長、一人で帰れますか?」
「ああ、大丈夫だ。・・・・・・俺は、仕事が出来なくても良いのか?」
「店長は真面目で、信頼できます。仕事出来てます」
「ありがとう、小野さん」
店長は涙を流していた。
よっぽど一人でかかえこんでいたのだろう。
俺はやっぱり不安になって、店長を家まで送っていった。
店長の家は歩道橋から15分くらい歩いたところにあった。
一軒家の玄関の前に、周りをキョロキョロと見まわしているおばさんが居た。
「あそこです」
店長はそう言うと、おばさんが駆け寄ってきた。
「あなた、大丈夫!?」
生気の無い顔で店長は頷いた。
「あなたが小野さん?」
「はい」
おばさんは店長の奥さんだった。
奥さんに店長を受け渡すと、俺は言った。
「店長、いつも仕事がんばっています。家族の為って言って」
「そう、元気でいるのが家族のためなのに・・・・・・」
奥さんはそう言って、店長を抱きしめた。
「あなた、いままでお疲れ様。もう、コンビニ辞めて良いわよ」
「いや、コンビニの仕事は好きなんだ」
店長は奥さんに、気まずそうに言った。
「・・・・・・評価が下がっても、構わないか?」
「こんな風に痛めつける会社なんかに評価されたって仕方ないわよ」
奥さんはそう言って、店長に微笑みかけた。
「生きててくれてありがとう」
「あの、私これで帰りますね」
「はい、あの、ありがとうございました」
奥さんは震える声でお礼を言うと、俺に深く頭を下げた。
「いいえ、いつもお世話になっていますので」
俺はそう言って、家に帰ることにした。
「ナナよりも、ブラック会社の方が怖いな」
俺は一人呟いた。
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