転.

第19話 パッケージ・シャッフル!

 月曜日は、発送予定の荷物が大量になる。

 あたしが、郵便局から発送するようにしているためだ。

 窓口が閉まる土日は発送を休み、注文された二日分の商品を月曜にまとめて出す。

 コンビニ発送をおこなえば、土日でも発送手続きができるけど、手間がかかるので初回以降はやっていないなかった。

 しかしこの日は、コンビニを使わざるをえなくなった。

 まった荷物を同じ郵便局で一度に出すのには気が引け、月曜日は数回に分けて別の郵便局で手続きするようにしている。

 二軒目を出て、最後に残った3つの荷物を出しに言っている途中で、防災無線のスピーカーから、夕方5時のチャイムが響いてきてしまったのだ。

 つまり、回り切りるまえに郵便局の営業時間が終わりという知らせ。

 あたしはしかたなく、走らせていた自転車の進路をコンビニに変更した。


「いらっしゃいませ~」

 入店すると、カウンター脇に置かれたメディアステーションへ向かう。

 スマホで取引画面を開き、QRコードを次々とかざし、機械から吐き出された荷物分の3枚のレシートを手にしてレジへ移動、店員に渡した。

 ここからがめんどう。

 手順はこんな感じ。

 店員がレジでレシートを読み込む→カウンター内の壁にえ置かれたプリンターからおくじょう代わりの伝票用紙が出てくる→店員から用紙といっしょに、それを入れるための平たい袋を渡される→あたしが自分で袋を荷物に貼り付け、切り取り線にそって用紙を切り分け、袋の中に封入する。

 さっきの郵便局で残りの3つも出しておくんだった、とあたしは後悔こうかいした。

 郵便局なら、QRコードを読み込んで出てくるのは宛名あてなシールで、それをピタッと貼って職員に渡すだけで済むのに……。ひとつでもそれなりに時間がかかる工程を、3回繰り返さないといけない。

 男性店員にレシートを渡し終え、リュックの中から荷物を取り出していたときには、さっそくうしろに人が立つ気配がする。

 ほかの人を待たせているというこのプレッシャーが嫌だった。


「二番目にお待ちのお客様、こちらへどうぞ」

 女性店員にまねかれ、うしろにいた五十過ぎぐらいのおっちゃんが奥のレジへ向かっていく。……が、すぐにきびすを返してきて、なぜかあたしのとなりに並び立った。どうやら煙草の銘柄を確認しにきたらしい。カウンター奥の壁に並んでいる煙草たばこたなに目を細めている。

「なんだかよく見えねえな……」

 彼のマスクからそう声がこぼれたのは、ウイルス感染対策として張られてあるビニールカーテンが原因だろう。透明なのだけど、厚めで、ゆがみがあり、視力が悪くないあたしが見ても、番号がはっきり読み取れない。

「お姉ちゃん、ちょっとごめんよ」

 あたしが脇によけてあげると、おっちゃんは居酒屋ののれんでもめくるようにビニールカーテンを右手で上げてしまった。この年代の人たちはあきれてものが言えないくらい大胆なことやらかすよな、と思うなか、「どこだどこだ」と身を乗り出し、左手まで伸ばして棚を指差し確認していく。

「あった、あった。25番、ラッキーストライク」

 と、おっちゃんが体を戻したときだった。

 意識が煙草にだけ向いていて、カウンターに重ね置いていたあたしの荷物に気づいていなかったらしい。

 ひっこめた左手が当たってしまい、A4サイズの封筒が3つとも掻き出されるようにしてパタパタパタと床に落下してしまったのである。

 さらに「うわっ、なんだ!?」と慌てたおっちゃんの靴が、封筒のひとつを踏みつけてしまう。

「あっ……」

「これお嬢ちゃんの荷物だった? 落としちゃってごめんねぇ」

 おっちゃんは拾い上げたA4封筒をカウンターにすべてせおき、そのまま奥のレジへ進んでいった。

 ……おいおい、踏みつけたことへの謝罪はなしかよ。

 中身は衣類で、壊れるものじゃないけど、クズみたいな変態に送る荷物だから、べつに気にしないけど、だからヤニカスとか言われるんだぞ。


 印刷された送り状を手にした男性店員が戻ってくる。

「ん? あのう、荷物をこのまま送ってしまっても大丈夫ですか? なにか靴跡みたいなものがついてますけど……」

「平気です。あとで、あたしが踏んだことにしておくので。そうするとむしろ好まれるので心配ありません」

「……え?」

「あっ。なんでもないです。とにかくこのままで大丈夫です」

「では、この袋を貼って、用紙をご自分で切り分け、中に入れてください」

「はい、わかりました」

 と、店員から受け取ったところで、うしろに並んでいた人から背中を叩かれた。

 あたしが振り返って目にしたのは、ピンク色をした3枚の付箋ふせん

 くじ引きのぼうのようにかかげていたのは、中年の女性だ。

「これもあなたのかしら? 封筒が落ちたときにいっしょに落ちたんじゃない?」 

 あたしはハッとして封筒に目を向ける。

 商品識別のため封筒に貼っておいた付箋が……3つとも見当たらない。女性が手にしている付箋には、四桁の数字がペンで書き込まれてある。それは、荷物の受け付けコードになっている下四桁の数字で、あたしが書いていたものだ。

 ……うわっ、やばい。

 落ちたときに、がれたんだ。

「それ……あたしのです……拾っていただき、ありがとうございます……」

 中年女性から付箋を受け取り、おそるおそるカウンターに向き直る。

 3つ並べ置かれてある、見た目が同じ、A4クラフト封筒。

 血の気がサッと引く。

 店員から渡された用紙にあるコードと、荷物に貼っていた付箋のコードを照らし合わせるはずだった。付箋が剥がれたということは、照合しょうごうができなくなったことを意味する。

 最悪なのは、この3つの荷物がいずれもTシャツだったので、どれもA4サイズの封筒に入れちゃっていたこと。

 大きさからは、中身の区別がつかないのだ。

 受け付けコードからそれぞれの商品が何なのかは確認できる。しかし、どの封筒に梱包しているかを見分けられなくなっているので、まったく意味をなさない。

 手で触れて見たって、同じ感触。水濡れ対策のビニール袋に入れてあるため、デザインされているプリントなどの違いも、わからなかった。

 おっちゃんの靴跡も目印にもなんにもならない。


「どうかなさいましたか?」

「い、いえ、なんでも……」

 午後5時をまわって客の多い時間帯。

 あたしがレジのひとつを独占しているわけにもいかない。

 袋を貼り付けながら、どれがどれだっけな……と思い出そうとしたけど、無理だった。

 付箋を貼ってあった安心感があり、ぜんぜん覚えてない。

 あせりと動揺で、送り状を切り分ける手が震え、切り取り線があってもうまく分離できず、見かねた男性店員が手伝ってくれた。


 この番号は……この封筒。

 こっちはの番号は……たぶんこれ。

 最後のは……靴跡のやつで、いいかもう。


「お荷物承りました。ありがとうございましたー」

 けっきょく、3つすべて、かんで入れた。

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