第7話 ネットフリマの怪

「そういえば、タマコに聞きたかったことがあるんだけどさ」

 スパイダースカートの梱包作業に戻ったあたしは、気になっていたことを思い出した。

「新品より、中古のほうが高く売れるのってなんで?」

 服の話である。

 あたしは、まったく同じデザイン、同じサイズの半袖Tシャツを売りに出していた。一方はヨレるくらいに着古きふるしていたもので、もう一方は予備として買っていてそのまま着ることがなかった新品同然のもの。価格設定を考えるのが面倒だったので、同じ価格で出品していた。そして、出品したその日に一方だけが売れたのだけれど、それが新品のほうではなくて、中古のほうだったのである。

「新品のは今もまだ売れてないんだよね。値段を下げていってるのにさ。不思議じゃない?」

 あくたれていたタマコが、また「ふっふっふ」とやりはじめ、ベッドのはしっこに足を組んで座り直す。

「どうやら、メイくんは、ネットフリマにおける怪現象にも気づいてしまったようだね」

「怪現象? ……もったいぶってないで、理由を知ってるならさっさと教えて」

「知ってしまって、後悔しないかい?」

「いいからはやく!」

「よろしい! ならばこのギルママスターが教えてしんぜよう!」と立ち上がり、あたしに向かって手を差し伸ばしてくる。「とりあえず、売れ残ってる新品のほうのTシャツを貸してくんない?」

「……なんで?」

「わかりやすく、一発で説明できるから」

 あたしはしかたなく、クローゼットを指差した。

「中にあるから自分で取って。買ったときのビニール袋に入ったままになってるから、ぜったい開封したりしないでよ」

「わかってますって~」


 タマコがクローゼットへ歩いていく。扉を開き、「これかな?」と手に取って見せてきて、あたしが「そう」とうなずいた瞬間、ピリピリピリっ、と、やりやがった。ビニールの粘着ねんちゃくを、しれっとがしたのだ。

「ちょっとタマコ! 開けるなっつったろう!?」

「心配ご無用。買い手が好む古着ふるぎになるってだけだから」

「……はぁ?」

 てんで理解が追いつかないでいるあたしをよそに、タマコがさらに理解しがた暴挙ぼうきょに及ぶ。開封しただけに留まらず、ビニール袋の中からためらうことなくTシャツを取り出し、フロントに印刷されてある死神のどろくへ、顔を押し当ててしまったのだ。

「うわぁ~、これが女の子のニオイかぁ~」

 気色悪いセリフを口走りながら、顔を洗うようにこすりつけ出し、ついに本格的にイカれてしまったかと思った。

 ……が、そうではないと、次第しだいにわかっていく。

「こんなにヨレちゃってるってことは、お気に入りでよく着てたんだろうなぁ~。半袖で、夏物。ということはぁ~、汗がいっぱい染み込んでいるんですよぉ~」わきの下部分に鼻を押し当てると、タマコはすその下から手を入れ、胸部分の裏地うらじをなでまわしはじめる。「ブラがここにピッタリれていたんでよぉ~。こういう服はゴス〝ロリ〟っていうだけに、ひょっとするとまだ発達途上の子が、じ・か・に、で~す~よぉ~!」

「……わかった。言いたいことはわかったから、もうよして。聞くにも見るにもえない」

「ほんとですよぉ~?」

「それ以上つづけると、殺すよ?」

 つまるところ、タマコが言いたいことは、

「わざわざ古着を選んで買ってたのは、変質者だった、ってこと?」

「その可能性は、大いにあると思うねー。メイは自分で、そういう方々を寄せ付けるえさいちゃってるし」

「はい……?」

「プロフィールの自己紹介のところに、『平日は授業があるため、コメント返信や発送対応が遅くなるかもしれません』とか、ご丁寧に書いちゃってるっしょ」

「それがなに? っていうか、あんたが書いといたほうがいいって言ってたことじゃん」

「『授業』の二文字が余計なの。もうそれだけで、『売っている中の人は現役ギャルギャルの学生ですよ~』って宣伝しちゃってるようなもんだよね。高校生ってことも簡単に推測できるから。だって中学生以下は〝ギルマ〟で買うことはできても売ることはできない。大学生だったらある程度時間に余裕があるから、空き時間に発送手続きができるし。そもそもこんな馬鹿正直な理由なんて書かないだろうな、って思われる。書くとすれば、おバカな地雷系女子高生くらい、じゃない?」

「うっせぇー」

 ゲシっ!

「アギャーーーッ!」

「たしかに『授業』はマズったかもしれないけど、今のはぜんぶ憶測おくそくの話でしょう? だいたい、中古のほうのTシャツを買ってくれた人は、アイコンもニックネームも、いかにも女子って感じだし! 取引中のコメントもかしこまってないし! 顔文字とかも使っちゃってるし! ほら、見なって!」と、いつくばるタマコにスマホをかざす。

「そんなもん、いくらでも偽装ぎそうできるっしょ? あるときはゴスロリ好きの少女、またあるときはロリータ好きの少女、しかしてその実態は、ただのロリ好きの中年おっさん。そういうオチ、な~んで~すよぉ~」

「いいえ、ぜったいに、中二病をわずらっているだけの、ふつうの女の子」と、あたしはムキなった。そうでなければ困る。

「それじゃあさー、今から〝変態の証明〟をしてみせよっか?」

「どうやって?」

「スマホ貸してみ」

「ヤだ。操作が必要なら、あたしがする」

「じゃあ口頭で」

 タマコは、売れ残ったままになっている死神どくろTシャツの出品ページを修正するように指示してきた。まずは商品状態を、新品から中古を示す『汚れや傷あり』に変更。つぎは価格の見直し。

「定価はいくらだった?」

「覚えてないけど1500円くらいじゃなかったかな」

「そのくらいに見えるよね。じゃあ、2000……いや、3500円まで上げとこっか」

「……新品で500円まで下がってところだったんですが?」

「ふつうは手を出さない金額。けど、それくらいがちょうどいい」

 残るは、商品説明文。


『三年くらい前に買ったまま、クローゼットにしまっていたものなんですけど、今年の夏に着ようと思って試着してみたところ、胸まわりがキツくなっていたので、出品することにしました。保管は開封した状態で、ずっと下着の下敷きになっていたため、一度洗濯しています。確認したので大丈夫かと思うんですけど、がんばって試着をためしたときに汗をかいてしまっていたので、気づかないところにシミができている可能性もあるかとおもい、汚れや傷あり、に状態を設定しました。好きなデザインなので、価格は高めにしてあります。それでも引き取ってくれるという親切な方、よろしくお願いします』


「……打ち込んでて死にたくなる文章なんですが?」

「ふつうは手を出さない文章。けど、これが肝心ってことはわかるっしょ?」

「わかるよ、わかりますけどぉ!?、ほんとに買う人なんて……いる?」

「修正を確定させれば、白黒つきますって、ものとんさん」

 確定ボタンを押したあと、あたしはタマコをにらむ。

「ニックネームで呼ばないで。今さらだけど、ものとん、って、ぶたの『トン』にもかかっちゃってる感じで、なんか――」

 ピコンっ♪

 ……。

 ……まさかな、と思った。

 ……十秒らずで、購入の通知が来るはずがない。

 ……しかし、

「うわっ、売れてる…………」

 と、あたしは閉口してしまい、

「秒速すぎる!」

 タマコは腹をかかえて笑いころげた。

 気になる購入者はというと、


『ものとん様、二度目まして✮ 即購入可だったので、リピート購入させていただきました☠ また短い間ですが、お取り引き終了までよろしくお願いします❦』


 ……そう。

 販売初取引の相手――棺のアリスちゃん。 

「てめぇ、変態ネカマ野郎だったんかーーーーいっ!!」

 怒りで我を失ったあたしは思わず、タマコをぶん殴った。

「ブハッ……なんでぇ~~~」

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