4
†
悶々としたまま迎えた翌日。いつもの常連さんに今川焼きを売り終わり、俺はスマホを確認した。音声メモが入っている。
【アマさん、今から来て。お願い……】
桜だ。涙まじりの声になっている。どうしたのだろうか?厭な予感がする。昨日感じた予感は果たしてこれなのだろうか?
「桜か?」
【アマさん、ぼく……近くにいるんだ】
「どうしたんだよ?」
がさがさという音とともに誰かが通話に出た。
【アマさん、わいや。夜湾や】
「何でお前が?」
【桜ちゃんはわいが今かくまってんねん。とりあえず来てや。場所は……】
俺はキッチンカーに【休憩中】の札を出すと、スニーカーに履き替えて走り出した。
†
「夜湾?」
「アマさん、こっちや」
お茶のペットボトルを抱えて子猫みたいに震える桜。やや着衣が乱れている。
「れ?彩羽は?」
「チンピラを追っかけてった。もう来るはずや」
「どうしたんだよ?」
「あいつや。【皿なし河童】がやりやがったんや」
夜湾の話によれば、見ず知らずの男にいきなり乱暴されたとのこと。偶然近くを通り掛かった【甘納豆】が一喝すると、蜘蛛の子を散らすように逃げていったとのことだ。その際に彩羽は1人を仕留めた。気絶している男は勿論、【皿なし河童】の仲間。バイト代とアカウントに釣られたゲスい男。
「わい、もう我慢でけへんわ。あいつ、ケチョンケチョンにしたい」
「落ち着け夜湾。奴の動向を見るしか……」
「アマさん……」
「とりあえず、怪我がなくてよかったよ。怖かったな」
俺は桜の頭をひと撫でして、キッチンカーに戻る。腹の中では俺も夜湾と同じだ、【皿なし河童】を許すことはできない。
――と思っていたら、着信があった。見てみると鵲である。
「どうした?」
【アマさん、あの、遂にやりました】
「どういうことなんだ?」
【皿なし河童を誘き出します】
「何?」
【駅前のコインロッカーです。奴はこれからそっちに向かうはずです】
密かに鵲も敵に怒りを感じており、鵲なりにアクションを起こしていたのだ。流石【捜し屋】の懐刀。
†
場所は変わって音路駅前。コインロッカー前には物々しい雰囲気が漂っている。鵲はなんと面と向かって取引をする約束を取り付けたのだという。
「相手は黒いニット帽だそうです」
「よし、頼むぞ」
鵲は挙動不審な様子でキョロキョロしながらコインロッカーに向かった。マッシュルームカットが目印だと告げてあるらしい。俺、夜湾、彩羽、充、桜は敵を待った。
「まさか、あいつが潜入してただなんてな……」
「……!来た!」
黒いニット帽の男が鵲に近付いてきた。
「お前か、俺にアレを教えてくれるのは……」
「はい……」
「天河燎の隠された秘密を教えてくれるってのは、ホントだろうな?」
――アイコンタクトで鵲はこちらに頷く。距離を詰める充はピューマのようなスピードだ。
「すいません」
「は?」
「噓に……決まってんじゃないですか!」
充が敵の懐に潜り込み、胸に肘をぶち当てた
。接近戦いに異様な威力を発揮する八極拳。それが充の特技だ。相手は息ができないまま泡を吹いて倒れ込んだ。
「桜、こいつには見覚えあるよな」
「……はい」
「連れてくぞ」
「アマさん、こいつは?」
彩羽が俺に訊いてきた。俺は気絶している相手の頬をピタピタと叩いて言った。
「和菓子屋【もくれん】の3代目だ。この街では知らない人はいない老舗だ」
「ちっちゃい3代目やなぁ、ホンマ」
†
俺達は目出し帽を被り、またテナントビルの地下室に入った。この経緯に関しては【音路町ラブストーリー】から読み取ってくれ。
3代目の両手両脚には梱包用のインシュロック。芋虫みたいに地面に転がされている。
「おい、起きろ 」
「ん……ん~」
「いつまで寝とんねや?このド阿呆が」
頭を振りながら何が何だか分からないといった表情の3代目はこっちをキョトンとして見ている。
「ここに連れてこられた理由はわかるな?【皿なし河童】」
「つっ……!」
「目的は何なんだ?」
3代目は口を開く。
「どいつもこいつも、俺を認めないからだよ!」
「?」
「親父や爺さんとは違う、味が落ちた、なんて言われ続ける気持ちが、あんたには分かんないだろうな?天河燎よ」
「だから俺はな、こんなクソみたいな世の中に復讐する為に……」
「ソシャゲの違法アカウントを売ったり?」
「あぁ」
「チートをしたりか?」
「そうだよ」
「だってよ、刑事さん」
3代目はぽっかりと口を開いている。刑事、御夕覚の登場だ。
「まぁ、パクる前に言わせてくれよ。御夕覚」
「あぁ」
「そんな下らない努力するなら、美味い物を造ろうとする努力しろよ。バカ」
「なんだと!?」
「悔しかったらそっちに矛先を向ければよかったじゃねぇかよ!全部自分のせいじゃねぇか!人のせいになんかすんじゃねぇ!」
俺はつい、3代目の顎に蹴りを入れてしまった。気付けば倒れ込む3代目。
「もう、気はすんだか?」
「皆、こいつは殴りたいと思ってるよ」
「だよな。俺もだ」
インシュロックをしたまま御夕覚は3代目を無理矢理立たせた。不貞腐れた表情は、何時になっても世間に甘えに甘えたガキみたいな男の哀れさが滲み出ていた。
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