プリマヴェラ家が変わってしまいましたわ!

 ダニエラ・プリマヴェラの体が乗っ取られて一日が過ぎた。

 寝て起きたら元に戻ってると期待をしたけど、元に戻っていない。

 ダニエラは背後霊の様に自身の体にくっ付いていく。


――わたくしは一体どうなっているのかしら?


 一日経ち、冷静になって自分の状況を考える。

 幽霊の様に壁も人もすり抜けていく。

 魔法を使おうとしたけど無理だった。


――それに私の体を操っているのは誰なのかしら?


「う~ん……ふぁ~あ」

「おはようございます。お嬢様」

「おはよう。いい朝ね~」


 メイドがカーテンを開けてちはるを起こした。


「ではお召し物を」

「お願いね」


――さすが私、美しいわね。


 体の周りをふわふわとしながら自分の美しさに酔いしれた。

 腰まで伸びた栗色の髪は陽の光に当たるとキラキラと輝く。

 スラリと長い指に細い腕。それを支えてるのは肩と言っていいのかわからないほどの撫肩なでがただ。

 ほっそりとしたくびれは、ボディラインの凹凸をより際立たせる。

 切れ長な目は自信に満ち溢れているが、深い緑の瞳は若干の冷たさを感じる。


「ひとついいかしら?」

「はい」

「昨日、頭を打ってから記憶が曖昧あいまいなのだけれど……何があったのかしら?」


――そう! それ! 何があったの?


「え……っと……に、庭のお散歩をしていらっしゃるときに……その……カエルが飛び出してきてお転びになりました……」


――何ソレ! あなたがちゃんと庭の手入れをしておかないからこんなことになっているのよ! あなたなんかクビよクビ!


「申し訳ないございません!」

「あなたがあやまる必要ないじゃない」

「ゆ、許していただけるのですか?」

「許すも何も、カエルが飛び出してくるなんて誰も予測できないじゃない。事故よ事故」

「あ、ありがとうございます」


――許すわけないじゃない! 何なの! この私は!


 ダニエラが体(チハル)とメイドの頭をはたくも無残にもすり抜ける。

 

「では朝食を食べに行きましょ」

「は、はい!」


 ふたりの後ろで犬の様にうなりながらもついていく。


「おはよう、ダニエラ。調子はどうだ?」

「ごきげんよう、お父様。見ての通り、なんともございませんわ」


 ちはるはスカートの裾を軽くつまみ、その場でくるりと回った。


――何をして……


「何をしているの。はしたない」


 振り返るとチハル(とダニエラ)の背後にお母様が立っていた。


――お母様! もっと言ってやってください!


「お、お母様、ごきげんよう」

「ごきげんよう、ダニエラ。さっさとお座りなさい」

「まぁまぁ元気になったならいいじゃないか」

「アナタはダニエラを甘やかしすぎです。来月から学校の寮で生活なさるんですよ」

「寮生活?」


――そうでしたわ! あんな私が私の代わりに寮生活なんてできるわけないわ!


 ちはるは朝食を済ませると自室に行き、ノートに状況をまとめる。

 ダニエラはそのノートを横から盗み見をする。


――何々……暗号? 違うわね……これは文字かしら?


「佐々木チハル……」


 ノートに自分の……前世の名前を書いて改めて口に出す。


「ダニエラ・プリマヴェラ……」


 今度は今の自分の名前を書いて口に出す。


――佐々木チハル……これが私の、私の体を乗っ取っている人の名前?


 ちはるはノートに書いた佐々木チハルの名前の上にバツを打った。

 そうすると机に突っ伏しながら愚痴ぐちを言う。


「はぁ~……来月から学校か~去年大学卒業したのにな~……はぁ」


――卒業したということは、佐々木チハルは私より年上なのかしら?


 佐々木チハル。

 彼女もなぜこうなっているのかわからないようだ。

 ノートを見ても何が書いてあるかわからない。

 わからないことだらけだ。

 ダニエラはここ数日間彼女の行動を観察していた。


「お嬢様、お探しの本を持ってまいりました」

「ありがとう」


 ちはるはこの世界のことを知るために歴史や風俗を調べている。

 過去と現在を知り、文明レベルがわかれば自分にできることが見つかるかもしれないと。


「それでは失礼致します」

「ちょっと待って」

「は、はい」

「そんなビクつかないでよ。クッキー作ったの。よかったら食べて感想を聞かせてちょうだい」

「お嬢様がこれを……。それではいただきます」


――メイドにへりくだるなんて、頭がどうかしてるんじゃないかしら……見た目は美味しそうだけど。


 美味しそうだとは思っても食べたいとは思わない。というより思えない。

 ダニエラは食べなくても寝なくても大丈夫だ。

 肉体が無いからなのかわからないが、ほとんどの欲求が無くなった。


「これは……とても美味しいです」

「ホント? 甘さ控えめにしてあるから紅茶に合うと思うの。はい」


 ちはるは紅茶注いでメイドに勧める。

 この世界の紅茶は甘い物が多い。

 それなのにお茶請ちゃうけのお菓子も甘いものが多くて胸焼けするのだ。


「紅茶と合わさと更に美味しさが増しますね」


――なんなの? あんな顔、私には見せたことないじゃない。


 ダニエラはメイドの幸せそうな顔をはじめて見た。

 ここ数日でプリマヴェラ家では様々なことが変わった。

 メイドたちがよく話、よく笑うようになった。

 料理やお菓子も前より美味しくなった。

 以前も庭の手入れが行き届いていたが、むやみに虫を殺さなくなったおかげで活気に満ちている。


――これではまるで私が全て悪かったみたいじゃない……。


 お父様もお母様も変化していた。


「最近のダニエラはずいぶん大人になったな」

「ええ。ですが言動に粗雑そざつさがございますわ」


――お母様はそこまで変わっていない気がするわね。


 そして学生寮に入寮する日になった。


「それではお父様、お母様」

「病気やケガをしないように気を付けてな」

「周りに迷惑を掛けないこと。それとプリマヴェラ家として恥ずかしい言動は避けること。それから……」

「い、いってきまーす!」

「「いってらっしゃい」」


――お父様、お母様、いってきます。


 学校に行けば元に戻る方法があるかもしれない。

 一縷いちるの望みを掛けてダニエラもまた学校へ。


――見てなさい、佐々木ちはる! 必ず私の体を返してもらいますからね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る