波に揺れる湖上都市【紫水】

①魔獣側近

【湖上都市『紫水』】──湖上に浮かぶ、水上ハウスが繋がって形成された都市。

 その昔、この地の領主が「大地に居住する者から百年税を徴収する」のお達しに。

「だったら水の上なら税を払わなくていいだろう……領主ざまぁ」と、湖上に村人たちが次々と居住して村から町、町から市へと発展してきた湖上都市『紫水』に、ガニィ・フェンリルを先頭に、はぐれルググ聖騎士団はやって来た。


 通りを歩く、ガニィ・フェンリルが魔具を覗き込んでいる片メガネに、威圧的な態度で質問する。

「本当にこの湖の上に、オレの仲間の魔獣がいるんだろうな?」

「たぶん……」

「あぁ? たぶんだと……てめぇ、適当なコトほざいていると。反重力光線で雲の上に吹っ飛ばすぞ!」

「います! ここに必ずいますから、乱暴しないでください!」


 怯えて涙目の片メガネを横目に揉み手をしながらクラウンが、ガニィ・フェンリルに訊ねる。

「ところで、ガニィ・フェンリルさまのコトをなんとお呼びすればよろしいので? 魔獣ですか? ウチュウジンですか?」

「魔獣でいいよ、宇宙人をいちいち説明するのも面倒だからな、外来種の魔獣だ」


 ガニィ・フェンリルが話している間、頬ハートはキショーイ星人の背後から、キショーイ星人の穴のような目と口に指を突っ込んで、変顔を作って遊んでいた。

「あはっ♪ 見て見て、コイツの顔引っ張ると伸びるよ! 笑いまーす、泣きまーす、怒りまーす」

「キショーイ♪」

 宇宙人の変顔で遊んでいる頬ハートと、無抵抗なキショーイ星人に向かって怒鳴る、ガニィ・フェンリル。

「宇宙人の顔で遊ぶな! おまえも下等生物に遊ばれて喜ぶな! ったく、本当にこんな湖上のどこにオレさまの仲間が……あっ、いた」


 ガニィ・フェンリルの視線の先に、水上ハウスで植木鉢の植物に水を与えている。

 頭に赤い花を咲かせた、植物系人間女性の姿が映る。

 鉢植えに水を与えていた、妖花アルラウネのような姿をした弧目の女性が、ガニィ・フェンリルに気づいて笑顔で言った。

「あら? ガニィ・フェンリル、久しぶり」

 いつも、糸目の弧目で笑っているように見える、植物系人間に親しげに近づくガニィ・フェンリル。


「ドン・カベギワさまの側近『コウモゥ』おまえも復活していたのか」

 ヘソ出しルックのコウモゥが頭に咲いている赤い花の、オシベとメシベを揺らしながら答える。

「復活したのは、ずいぶん前から。幸いアルラウネという種族だと思われて。宇宙人だと気づかれないまま、この世界で生活している」


 キザ猫がコウモゥの近くに進み出てきて、近くに咲いていたバラの花を一輪折ると、コウモゥに差し出して言った。

「これを、麗しき美女とのお近づきのしるしに」

「まぁ……」

 鉢植えの花を折られた、コウモゥの表情が一変する、口調も変わる。

「おめぇ、今なにやった……植物になにふざけたコトしてけつかる!」

 コウモゥの口調変化に何かを思い出した、ガニィ・フェンリルは慌てて物陰に逃げ込んだ。

「やばい! おまえたちも早くどこかに身を隠せ! 巻き添えをくらうぞ!」

「???」


 いきなり、コウモゥの腹部が八方に裂けて、弾けた黒い種の弾丸がルググ聖騎士団を襲う。  

「ざっ!」

「じぃ!」

「ずぅぅ!」

「ぜっ!」

「ぞぅぅ!」

 鎧に命中して、転がった種を見ながら、裂けた腹を閉じたコウモゥが言った。

「あらあら、自家受粉した種だから、発芽しないから大丈夫」

 側近・コウモゥは、植物のコトになると、人が変わったように狂暴になったりする。


 物陰から出てきたガニィ・フェンリルが、コウモゥに訊ねる。

「復活したのは、おまえだけか?」

「もう一人の側近『ドウモゥ』も復活していますよ……あっ、ちょうど帰ってきた」

 コウモゥの言葉が終わるのと同時に、家の屋根づたいに跳躍してきた、黒い影が飛び降りてきた。

 ケモノ耳、ケモノ尻尾で口に変な魚をくわえた少女が、四つ足立ちで唸り声を発する。

「ぐるるるっ」

 尻尾がクジャクの飾り尾羽を束ねたような形をしている、ケモノ少女がくわえてきた。

 尻尾がイカ足の魚を受け取った、コウモゥが魚の品定めをして言った。

「ダメじゃない、歯形がついている……あれほど、歯を立てると商品価値が下がると念を押したのに」

 コウモゥは、ケモノ少女が捕まえてきた魚を、他の雑魚が入ったカゴに入れた。


 側近『ドウモゥ』は、猫座りをして毛づくろいをはじめる。

 ガニィ・フェンリルが、震えるハサミの先でドウモゥを指差した。

「どうしちまったんだ? あの聡明で凛々しかったドウモゥが、いったい何があった?」

「どうもこうもぅ、長い間封印されていたからアポになってしまった……多少の知性は残っているみたいだけれど」

 コウモゥが、ドウモゥの変化を説明していると湖上都市に住む、近所の婦人がやって来て。

 カゴに入っている魚を眺めながら、コウモゥに言った。

「魚イカじゃない、高級魚の……これカゴごとちょうだい、あなたのところの魚はおいしいから」

「少し歯形がついているから、半額でいいですよ」

「いつも、すまないわねぇ……うちは家族が多いから大助かりだよ」

 婦人はコウモゥに金貨を数枚渡すと、カゴに入った魚を持っていった。

 

 金貨を数えているコウモゥに、ガニィ・フェンリルが訊ねる。

「魚を売って、働いているのか?」

「魚を売るだけじゃないけれどね……この世界のことわざに『働かない者の席に置かれるのは、穴が空いた木のスプーン』というのがある……働かざる者、食事の席に同席することなかれ。穴が空いたスプーンだとスープをすくえないでしょう」

「オレさまだったら、皿ごと持って、スープをすするがな」

「だからぁ、そういう意味じゃなくてぇ」


 その時、大きく振動する魔具を持った片メガネが叫んだ。

「魔獣反応あり! 大きいです!」

 ハサミをパクパクさせるガニィ・フェンリル。

「そりゃあ、魔獣が三体集まっていりゃ反応も」

「ちがいます! ザコ級レベルの魔獣反応じゃありません、ボス級の魔獣があっちの寺院の方に……」

「誰がザコ級レベル魔獣じゃあぁぁぁ」

 片メガネは、ガニィ・フェンリルの反重力光線で、頭上へと吹き飛ばされてからクラウンたちの前に自由落下してきた。

「ぐべっ」

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