共通ルート06

備長びんちょうじゃなくて竜胆だ。初めは勢いがよいが終わりは振るわないことの竜に、夢や希望が無くなって落ち込むことの胆で『りんどう』だ」

少女がぽん、と手を打つ。

「なるほど! 他の人よりも一際すぐれた才能があることの竜に、忠義と正義を尊重する精神のことの胆だね♪」

「え? ま、まあそうとも言う」

なんか、オレの名前急に格好良くなってないか?

これからは「竜躍雲津で忠魂義胆です」と自己紹介することにしよう。

まあ、そんな機会がやってくることは二度と無いけれど。

「でも、どうして『竜』に『胆』で『りんどう』って読むの? 教えて教えて~??」

出た、少女得意の好奇心旺盛攻撃だ。

オレは少女から距離を取りつつも、不思議と口を開いていた。

「えっと、元々は竜胆っていう植物が有るんだ」

「植物?」

「あぁ。秋に花を咲かせる多年草の一種で、主に山地や草原に自生してる」

「ふんふん、それで?」

「高さはだいだい50cmくらい。名前の由来は熊の胆よりも苦いことからついたと言われていて、実際に食べてみると苦みが強いが、その分健康に良くて竜胆の根は漢方薬にも使われている......って悪い喋りすぎた」

不思議だった。

誰とも関わらずに生きていくと決めたオレが。

彼女に聞かれると、なぜだか喋りたくなってしまう。

「急に喋りだして気持ち悪いよな、聞かなかった事にしてくれ」

「ふぇ? なんで?」

「......え?」

ムカデやゲジゲジを見た時のような、気味の悪いものを前にしたときの目をしてると思っていたのに。

恐る恐る見上げると、そこには目を輝かせた彼女がいた。

「ふへへ~♪」

少女はいつものようにニヤニヤ......もといニコニコしている。

「またまた新しいこと知っちゃった♪ 竜胆って漢方薬になるんだね~♪」

「......ちゃんと最後まで聞いてたのか?」

「もちろんだよ♪ ふへへ~♪」

誰かにちゃんと話を聞いてもらう。

そんなの一体何年振りだろう。

母親と父親が生きていた頃以来か。

少し心が温かい。

「な、なぁお前さ......」

もしかしたら、彼女とだったら。

そう思って声をかけようとしたら......。

「りんどうくん!!」

3度目だ。

「頼む。急に大声を出すのは心臓に悪いから......」

「分かった! 今度から直すから! でも竜胆くんも守って!」

「はい?」

「名前の話! 私のこと、って言わないでよ!」

「え? な、なんだそんなこと......」

「そんなことじゃないもん!」

少女......いや、そらは真剣だった。

「私には、ちゃんと『そら』っていう名前があるんだもん! 私の大切な名前なんだもん!!」

はっとした。

きっとオレは、人の気持ちを考える必要が無かったから。

だから人の気持ちを考えられなくなっていたのかもしれない。

「......オレが悪かったよ」

確かに、初対面の相手にお前呼ばわりされて、気分が良いはずもない。

「だから私のことは、そらって呼んでねっ!」

しかも大切に思っていればなおのこと......

「うん?」

今なんて?

「あれ聞いてなかった? 私のことは『そら』って呼んでね♪」

初対面から名前呼びのオーダー入りましたぁぁあ!



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



えーと、こほんこほん。

それではご注文の方、振り返らせていただきます。

「えー、名前呼びの方が1点」

「なにそれ」

そりゃそうだ。

いや落ち着けオレ。

ここはキッパリ言わないとな!

「やっぱり、初対面から下の名前で呼ぶなんて、オレにはハードルが高い......ような......気が......シナクモナイヨウナ......」

「良いから、ちゃんとそらって呼んでよ」

えー。

というか彼女は恥ずかしくないのだろうか。

いや、この何にも考えていなさそうな顔は多分そうなんだろう。

「ほよよ? 今空気吸ってたんだっけ? それとも吐いてたのんだっけ?」

ほら、やっぱり何も考えてない。

「おーい、私そんなこと言ってないよー?」

「ぎく」

「ほらほら、早く私のこと『そら』って呼んでよ」

仕方ない。

オレは勇気を振り絞って、口を大きく開いた。

「そ、そ、そ......」

「そ?」

「そー......」


「ソーラーパネルが欲しいなー!」


「なんか急に会話下手な人みたい」

「じ、実際そうなんだから仕方ないだろ」

「そうじゃないでしょ、竜胆くん?」

「......うっ」

自分だってオレの事名字呼びのくせに。

いや、そんな事言ってもしょうがないか。

オレは頬を叩いて気合いを入れた。

「よし!」

「じゃあ竜胆くん、お願いします」

「そ、そ、そ......」

「そ?」

「そ......」


「ソーラー......じゃなくて......」


落ち着けオレ。

たかが名前だ。

個人を識別するためのナンバリングだ。

それ以上の意味はないんだ。

「ねえ、ソーラーパネルってどこを向いてるの?」

「は? そんなのそらに決まってるだろ。......あ」

少女そらは、やっぱり楽しそうに笑う。

「うん、私はそら♪ ありがとっ♪」

「......全く、調子が狂う」

誰かの名前を、こんな風に呼ぶ。

たったそれだけのことなのに。

なのに、また心が温かくなった。

「りんどうくん、顔赤いよ? 大丈夫?」

「えっ!?」

どうやら温かくなったのは心だけじゃなかったらしい。

本当に不思議だ。

「ねね、竜胆くん」

そらはオレの服をちょいちょい、と軽く引っ張る。

「私、竜胆くんの事もっと知りたい。今までもこれからも、もっと知りたい。だから村に来てくれなきゃ、この機械アマノハゴロモを返してあげない」


「......そういうことに、してあげるよ?」


オレは帰らなきゃいけない。

これからもずっと誰とも関わらずに生きていく。

だから、これはことなんだ。

「どうせ帰るのが少し遅くなるだけだ。それに村にも興味がある。今まで本でしか見たことがなかったからな。だから、そういうことなら仕方ない」


「そういうことに、されといてやる」


「やった~♪ あきと君やっさし~い♪」

優しいのはそらの方だ。

オレに言い訳する余地をくれて。

しかも自分は悪者に回って。

でも。

オレなんかに、なんでこんなに親切にしてくれるんだろう。


「じゃあ、私ちょっと着替えてくるから♪ ここで待っててね~」

「え、あ、ああ。......着替え?」

そういや、会ったときからずっと巫女服だったな。

さっきまで巫女の仕事でもしていたのか?

オレは神社の奥の方に消えていったそらを目で追った。




そらを追いかける⇒共通ルート06-1へ

このまま待つ⇒共通ルート06-2へ

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